インスタントスープに浸すパン
果たして有ったのかどうかも怪しいような、ごくごく短い秋が冬へと変わろうとしていた。
その日の蓮太郎も余りに頼りない厚さの財布をポケットに押し込み出掛けた。
そしてものの数時間後、自動ドアが開くとガヤガヤと賑やかな音が溢れ出る建物から、より財布を薄くして出てきた。
浮かない顔をして路地を歩く。
予定よりも早くする事が無くなった日の蓮太郎は、気の向くままに当てもなく、目についた路地を散歩する様にしていた。
それは何か良い巡り合わせがあるかも知れない、という期待からだった。
ふと少し先に視線を移した。
生きていてもあまり縁の無い光景が目に入る。
蓮太郎
「おい、ボウズ。そんなもん食ったら死ぬぞ」
「んー?おじさんしらないのー?たべないとしんじゃうんだよー」
蓮太郎
「いやそれはハンバーガーの包み紙で食い物じゃ無いんだよ。確かにソースの味がするけどな。親はどうした?」
「うーんわかんなーいっ」
蓮太郎
「それじゃあ名前は?」
「なんかねーむずかしくてわすれちゃったー」
蓮太郎と向き合った少年は満面の笑みだった。
少年の余りにも薄い色素に驚きはしたが
「ああアルビノってやつか」
と心の中で素早く処理をした。
それよりも気になったのは、少年の身なりだった。
大人用程の大きさがあるTシャツは酷く汚れ、隠れてはいるが下は履いていないようだった。
足元に目を落とせば可愛いサイズの指と爪が目に入った。
少し思案した蓮太郎は少年に言った。
「ボウズ、何か食うか?」
「うんったべるよーありがとねーおじさん」
蓮太郎
「おじさんじゃない、蓮太郎だ」
「わかったよーれんたろっ」
蓮太郎は少年を自宅に連れて行った。
気まぐれな部分もあったが、悪い予感がしていた。
取り敢えずお風呂に入れようと服を脱がす。
露わになったその身体には、その白さには似つかわしくない青黒い物がいっぱいだった。
やはりと思った。
直ぐに警察に連れて行く事も出来たが、そうすれば否応無しに保護者の元へ返される。
その前に確かめておきたかった。
虐待と言うよりもはや折檻に近い仕打ちを受けていた少年が、自分の事を問われて「分からない」と答えるのも無理からぬ筈だ。
忘却は最大の救いなのだ。
間に合せで自身の服を着せ、インスタントだが温かいスープとパンを用意した。
「たべていいのー?ありがとねー」
パンにめいいっぱい齧り付く少年に
「消化に良いようにスープに浸してから食べるんだぞ」
と言いながら蓮太郎は心の内で決めた。
少年の身の回りを調べてから保護者へ返すべきだと。
返すに値しなかったらその時はその時で考えれば良い。
今どうあるべきかがまず一番大事だ。
しかし、蓮太郎がいくら調べても少年の保護者どころか身元、出自すら判らない。
使える人脈も可能な限り使った。
だが、何一つ判らないのだ。
ただただ時間だけが過ぎて行った。
どれ程の月日が流れただろうか。
蓮太郎は結論を出した。
少年は出生届が出されておらず、捜索願いすら出さない親の元へ産まれたのだと。
ネグレクトに虐待付きで。
蓮太郎はボウズと呼び続けた少年に「ハク」と名付け、共に暮らして行く事を決めた。
それでも調べる事は止めなかった。
ハクがいつか自身のルーツを知りたくなった時、教えられるようにと思ったからだ。
誰しにも自身のルーツを知る権利がある。
だがその心意気も折れてしまいそうになる程に、何も判らないのが現状だった。
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