第45話 観光客、変質者になってしまう
無事にファイアドレイクを討伐し、おまけとして火の精霊の化身を使役できるようになった俺は、トラベルの魔法を使ってさっさとダンジョンを後にした。
行き先はもちろんルーノスの町である。
町に到着した後は寄り道をせずに冒険者ギルドへ入り、ファイアドレイクの首を受付に差し出して依頼の達成を報告した。
「あ、ありがとうございます……報酬を用意いたしますので、しばらくお待ちください……」
受付嬢は、巨大な魔物の首を前にドン引きしながらそう言ってくる。爬虫類が苦手なのだろうか。
「まさかファイアドレイクを倒しちまうとはな」
「やっぱりアイツ、ヤバい奴だぜ!」
「恐ろしい限りだ。なるべく近づかないでおこう」
一方、周囲の冒険者たちは俺のことをヤバい人間だと確信し、ひどく怖れている様子だった。
やれやれ、俺はごく普通の異世界転移した高校生なんだがな。異常者ではないことくらい、振る舞いを見ていれば分かるだろうに。
「屈強な冒険者すら遠ざけるなんて……流石は近寄りがたいマシロ様ですねぇ……」
「ふん! 私のご主人なのだから、そのくらいでないと困るのです!」
すると、いつの間にか外へ出て来ていたディーネとサラが俺に対して好き勝手なことを言い始めた。
気分で消えたり出てきたりと、実に好き放題な奴らだ。こいつら、消えている間は何処にいるのだろうか。
「あのぉ……どうしてあなたまで外に出てきているのでしょうかぁ……?」
「お前の方こそ邪魔なのですよ! 早く引っこむのですっ!」
サラはそう言って、ディーネのことをぼかぼかと殴り始めた。
「あんっ、そんなにっ、叩くなんてぇっ、乱暴ですねぇっ……えへへぇっ……!」
「こいつ……殴られて喜ぶなんて……頭がおかしいのですか?」
……厄介者が二人に増えると余計に質が悪いな。
「おい、喧嘩をするな。人前に出るのは構わないが、せめて大人しくしていろ」
仕方なく争う精霊たちのことを止めに入る俺。
「ひどい……! マシロ様はただ殴られているだけの私にも非があるというのですねぇ……!」
「言ってないが」
「この悪魔ぁ……っ! 人でなしぃ……っ!」
ディーネは目をうるうるさせながら俺のことを罵ってきた。何故、喜んで殴られるような変態にこんなことを言われなければいけないのだろうか。
「先にふっかけてきたのはそいつの方なのですよ! 何も分かってないのに余計な口出しはしないで欲しいのです!」
「俺は単純に喧嘩をやめろと言っているだけだ。主人の言うことは聞くものじゃないのか?」
「この分からずやぁっ!」
サラはそう叫びながら俺のことまで殴ってきた。割と本気で殴ってきているらしく、思っていたよりも痛い。
「ほぉら、私にこんなことを言われて悔しくないのですかマシロ様ぁ……?」
「下剋上なのですっ! 今から私がお前を倒して主人になってやるのですよっ!」
「……………………」
プレイヤーのレベルが足りていないと、契約した精霊の化身であっても指示に従わないことがある。やれやれ、どうしたものか。
困り果てていたその時、俺は水の神殿で貰った鞭の存在を思い出した。
――なるほど、今が使いどころか。
俺は無言で【収納】していた鞭を取り出し、何も言わずに二人の方へ振り返る。
「あぁっ! それはぁ……っ!」
顔を紅潮させ、目をまん丸と見開くディーネ。
「な、何をするつもりなのですか?! やめるのですっ!」
それとは対照的に、サラは青ざめた顔で後ずさった。
*
それからしばらくして。
「あの……すみません」
俺は受付嬢の呼びかけで我に返る。
目の前には、満足そうな表情で平伏すディーネと涙目で謝罪の言葉を繰り返すサラの姿があった。
どうやらやってしまったらしい。
「こちらが報酬です。お受け取り下さい」
そう告げる受付嬢の目はやけに冷たかった。周りの冒険者達の目も冷たかった。
「ありがとうございます」
ギルドで報酬の20000¥$と温泉饅頭のセットを受け取った俺は、そそくさと建物の外へ出る。
「不躾な私を教育してくださり、ありがとうございましたぁ……マシロ様ぁ……!」
「ひっぐ……もう逆らわないのですっ! 何でも言うこと聞くのですぅっ!」
後から付いてきたディーネとサラが言った。
「………………」
かくして、俺は「少女を調教する変態」という濡れ衣を着せられることになってしまったのである。
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