第31話 観光客、水の都の英雄になってしまう


 なんやかんやあって精霊の間を出ると、近くに控えていた巫女がディーネの姿を見てこう言った。


「そうですか……やはり、マシロ様はのですね」

「…………ああ」


 正確には押し付けられたのだが。


「その子を――ウンディーネ様の化身を、どうか大切にしてあげてください」

「……考えておこう」

「こちらは、私たち神殿の巫女からの贈り物です」


 そんな言葉と共に、にこやかに手渡されたのは小さな鞭である。


「聖なる水の加護があらんことを」

「………………」


 俺はそれを受け取ると、この神殿には二度と近づかないことを心に決めて立ち去るのだった。


 もはや恐怖体験と言っても差し支えない。


 ……そしてその後は、気を取り直して冒険者ギルドに戻り報酬を受け取った。


 まずは捜索に協力した冒険者に支払われる5000¥$、そしてウンディーネを発見したことによる30000¥$、加えてタカシツーを捕獲したことによるボーナス報酬の20000¥$だ。


 現在の所持金とあわせると合計で59570¥$になった。こちらに来てから観光で色々と出費しているので、まあこんなものだろう。


 報酬を確認してそそくさと立ち去ろうとする俺だったが、ギルドマスターに呼び止められる。


「……最後に、お主を特例的にAランク冒険者として認定することを伝えておくぞい!」


 そして、予想すらしていなかったことを言い渡された。


「…………ほう」


 元々はDランクだったのだが、どうやら一足飛びにAランク冒険者になってしまったようだ。


 Aランクは数少ない熟練冒険者に与えられる称号であり、かなり危険で報酬が高額な依頼も受けられるようになる。


 これより上は歴史に名を刻んだ英雄に与えられるSランクの称号しか存在しない。魔王でも討伐しない限り昇格することは難しいだろう。


 ゲーム的に言うとクリア後のコンテンツだ。


「これからも、称号に恥じない活躍を期待しておるぞ!」

「やれやれ……俺はただの観光客なんだがな……」


 ここに立ち寄った時から、やたらと周囲の冒険者たちに期待や羨望、そして嫉妬の眼差しを向けられていた理由はこれか。


 あまり目立ちたくない俺としては、どうにも居心地が悪いな。


 仕方がない。そそくさとギルドを立ち去ることにするか。


「もう行くぞ、全員ついて来い」


 ……だがしかし、外に出た瞬間、俺は大歓声を浴びることとなった。


「見ろ……あれがマシロ様だぞ!」

「きゃあああああっ! なんて素敵なのっ!」

「マシロ様ーっ! こっち向いてーっ!」


 野次馬たちが大勢でギルドの周りを取り囲んでいる。


「やれやれ、これは一体どういうことだ?」


 矢面に立たされた俺は思わず呟いた。


「お主の活躍は、もうクレイン中に広まっているということじゃよ」


 後を追って外に出てきたギルドマスターが言う。


「……俺は賞賛など求めていないのだが」

「志が高いのう。――しかし、だからこそ英雄としてふさわしいとも言える。わしの目に狂いはなかったようじゃな」


 面倒ごとに巻き込まれたくないという話をしているだけなのに、何故か勝手に評価してくるギルドマスター。ここまでくると怖いぞ。


「……いいや。俺は英雄ではなく、ただの観光客でしかない」

「…………ほう?」

「つまりそういうことだ」

「いや、ぜんぜん分らんのじゃが……」


 やれやれ、やはりこの国にはおかしな人間しかいないようだ。


「すごいです、ご主人様……みんなが見ています!」

「まあ、あたしたちにかかればこんなものよね!」


 皆から歓声を浴び、得意げなベルとリース。


「わ、私は恥ずかしいので隠れていますぅ……」


 一方、ディーネは俺の背後に隠れて姿を消してしまう。


 精霊の化身は気まぐれなので、突然消え去ってしまうことがあるのだ。


 再び召喚しなおす為には、俺自身のMPをそれなりに消費する必要がある。


 だが、今は召喚し直す理由がないのでこのまま放置しておくとしよう。


「……まったく。これ以上この町に居ると厄介なことになりそうだな。頃合いを見計らって出発するとしようか」


 ――かくして、水の都『クレイン』での事件を解決し、大金と精霊の化身を得て町を後にすることとなったのだった。


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