第30話 観光客、水の精霊と契約を結ばされる


「ウンディーネ様の居る『精霊の間』はこちらです、どうぞ」


 神殿の巫女によってウンディーネが待つ最深部へと案内された俺たち。


 精霊の間は、屋内であるのにも関わらず海と大空がどこまでも続く不思議な空間になっていた。俺たちは水の上に立っている。


「これ、どうして落ちないのでしょうか?」

「何かの魔法かしら? こんなの初めて見たわ!」


 流石は水の精霊、ただの変態ではないようだな。


「ごぼぼ……わざわざお越しいただきありがとうございますぅ。マシロ様と愉快なお仲間の皆さま……」


 俺が感心していると、問題のウンディーネが水の中からザブンと出てくる。


 姿が見当たらないと思っていたが、そんなところに身を隠していたのか。


「まずは、謝罪をさせていただきます。勘違いとはいえ、とんだ無礼を働いてしまい……申し訳ありませんでしたぁっ……! 助けに来てくれた方たちに……私はなんて酷い言葉を……ごぼぼぼぉっ!」


 目からぽろぽろと嘘っぽい涙をこぼし、両手をついて頭を下げるウンディーネ。自分から水の中に頭を突っ込んで苦しんでいる。


 こいつ、水の精霊で人魚みたいな見た目をしているのに水中で息ができないのか?  


 ……いや、おそらくえてそうしているのだろう。自分自身を虐めぬくことに余念がない。実に恐ろしい奴だ。


「はぁ、はぁ……私には……罰を受け入れる覚悟がありますっ……! どうか気の済むまで頭を踏みつけて……水の中に沈めて……存分にいたぶってくだばいぃっごばばばぁッ!」

「やめろ。お前の趣味に付き合うつもりはないぞ」


 俺は何度も自分を水責めして息を切らしているウンディーネに向かって、顔をしかめながら言い放った。


「……うぅっ……また放置するおつもりなのですねぇっ! こんなにも焦らしてくるだなんてぇ……意地悪な人ですぅ……っ!」


 水と涙と涎でぐしょぐしょになった顔を上げ、もの欲しそうな目つきでこちらを見つめてくる水の精霊。そこに精霊としての威厳は一切ない。


「おまけに、そんなに見下したような表情を高貴な水の精霊である私に向けてくるだなんて…………あっ、ああああああっ!」


 こいつ、何も言わなくても一人で勝手に興奮していくからたちが悪いな。


「もういい、帰るぞ二人とも」


 呆れ果てた俺は、ベルとリースを連れてさっさと精霊の間を後にすることにした。どうやら時間の無駄だったようだ。


「お、お待ちくださいぃっ! まだ用件を話していませんよぉっ!」


 しかしウンディーネに全力で縋り付かれ、元の場所まで連れ戻されてしまう。


「……ならさっさと本題を言え」


 俺は内心ここへ来たことを後悔しながら、ウンディーネにそう促すのだった。

 

「はい……。では改めて、一つお願いがあるのです。マシロ様……」

「ほう、お礼がしたいという話だったと記憶しているが……まだ俺に何か要求するつもりなのか? 極限まで図々しいな」


 どこぞの女神とそっくりだ。女神と関係が深い奴は全員ああいった性格になってしまうのか? 恐怖すら覚えるぞ。


「あなたにとっても……良い提案をするつもりです。…………けれど、納得いかないのであれば……私のことを気の済むまでなぶって、いたぶってぇっ、それからぁ――」

「……分かった。もういい。続きを話してくれ」

「は、はいぃ……」


 俺は暴走しかけるウンディーネの言葉をさえぎり、どうにか話を元に戻す。


「……それではぁ、私と契約を結んでください」

「断る」

「お礼として、水の精霊である私の化身をあなたに差し上げますぅ……」

「断る」

「……………………」


 少しの間沈黙が辺りを支配したが、それでもウンディーネは折れなかった。


「えっと、私の化身は、何もない所から魔法で聖水を生み出せますぅ……飲むと美味しいですよぉ……?」

「…………断る」

「あぁ……今、少しだけ揺らぎましたねぇ? まるで揺蕩たゆたう波のように……」

「やかましいぞ貴様」


 本当に何なんだこいつは。とことん面倒くさいぞ。


「気に入らなかったら、いつでも返却してくれて構いませんからぁ……まずはお試しでどうぼごぼごぼぉ……!」


 話している途中で水の中へと潜っていくウンディーネ。


「おい、ふざけるな。出て来い」

「ごぽ……………………」


 ――かくして、俺たちは精霊の間にぽつんと取り残されることとなったのだった。


「……なんか、精霊ってヘンなヤツね」

「そ、そうかもしれないけど、そんなこと言っちゃだめだよリースっ!」


 二人とも未知との遭遇にドン引きのようだ。外で待たせておいた方が良かったかもしれない。教育上よろしくなかった。


「やれやれ……」


 ――それから程なくして再び水面が揺らぎ、水中から何かがヌルッと出てくる。


「……ごぼぼぉっ……初めましてマシロ様……」


 おそらくは、ウンディーネが作り出した化身なのだろう。


 透き通るような水色の髪をしていて、耳の辺りからはエラのようなものが生えているが、後はおおむね普通の少女の姿をしている。そして下半身にも人間と同じ足が付いているので、人魚のウンディーネと比べるとだいぶ人に近い形だ。


「……お前が化身か」

「はい、そうですぅ。マシロ様がウンディーネ様との問答に正解し、契約を成立させたことで……この広い海から私が生み出されましたぁ……!」


 得意げに言う水の精霊の化身。「エルクエ」では基本的に、正しい会話を選ぶとプレイヤーにとってメリットとなるイベントが発生するからな。


 どうやら、会話を通していつの間にかウンディーネに気に入られてしまったらしい。


 最悪だ。


「勝手に契約させられたんだが、クーリング・オフは可能か?」

「私は生まれたばかりですので……難しい言葉は分からないですぅ……」


 どうやら、とんでもない厄介ごとを押し付けられてしまったみたいだな。


「お前をここに置いて行くことは可能か?」

「訳も分からず生み出されて……放置されるだなんてぇ……はぁ、はぁ! ……あ、あんまりですぅ……っ! う、うぅぅっ!」


 俺の問いかけに対し、全身をぶるぶると震わせながら顔を覆って嗚咽を漏らす精霊の化身。


「ご主人様、仲間は多い方が安全だと思います! 連れて行ってあげましょうっ!」

「そ、そうねますたー! 置いて行くなんてかわいそうだわっ!」


 リースとベルはそんな化身の姿にシンパシーを感じたのか、仲間に加えることに賛成してくる。


「――やれやれ。……では仕方がない。お前も連れて行くことにしよう」

「私のことはぁ……ディーネとお呼びください」


 ウンディーネだからディーネか。三秒で考えたかのような、実に安直なネーミングだ。


「これから、よろしくお願いしますねぇ……! マシロ様ぁ……!」


 かくして、水の精霊と無理やり契約させられたことにより、ディーネが新たな仲間ペットになるのだった。





 *ステータス*


【マシロ】

 種族:異界人 性別:男 職業:観光客

 Lv.16

 HP:108/108 MP:64/64

 腕力:22 耐久:19 知力:18 精神:20 器用:23

 スキル:鑑定、値切り、旅の経験、収納

 魔法:クリーン、トリート、トーチ、ステイ、精霊召喚

 耐性:火炎耐性


【ディーネ】

 種族:精霊の化身 性別:女 職業:マシロの眷属

 Lv.10

 HP:145/145 MP:77/77

 腕力:10 耐久:35 知力:12 精神:25 器用:10

 スキル:水の加護、聖水、挑発、庇う

 魔法:ウォーターバリア、ヒールレイン、ミラージュ

 耐性:火炎耐性

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