第27話 観光客、事件の黒幕と遭遇する


 スライムを討伐した後も、俺たちは休むことなく下水道の探索を進める。


「クイックショットッ!」

「ぎゃあああああああああああああッ?!」

「ファイアボール!」

「ヂィイイイイイイイイイイイイイイイイィィッ!」


 道中で立ち塞がる半魚人ディープワン巨大鼠ジャイアントラットを蹴散らして進んでいたその時、


「待って! 何かいるわっ!」


 突然、リースが前方を指さしながら叫んだ。


 ――それから程なくして、通路の先の暗闇から光小さな球体のようなものが出現する。


「あれは一体なんでしょうか……?」


 球体はふわふわと宙を舞いながら、ゆっくり俺たちに接近してきた。


「魔物……ではないみたいですが……」


 自身の周囲を飛び回る謎の球体を目で追いつつ、不思議そうに首を傾げるベル。


「……おそらく、水の精霊が生み出した化身だな。どうやらギルドマスターの読みは当たっていたらしい」

「けしん……? つまり、このちっこいのが居なくなってたウンディーネってことなの?!」


 リースは目をぱちくりさせながら、飛び回る光をまじまじと見つめる。


「意外ね。もっと強そうなのを想像してたわ……」

「強そうってどんなの?」

「上には巨大な牙が生えた魚の頭が六つあって、下から棘の付いた触手が無数に生えているの! 棘からは毒液が出るようになっているわ! それで、棘の触手で水中に引きずり込んだ相手を毒で痺れさせて、その隙に魚の頭たちが一斉に貪るのよ! まさに最強ね! 水を司ってるって感じよ!」

「そ、それなら最初から捕まってなさそうだね……」

「…………盲点だったわ!」


 リースが意味の分からない精霊のイメージを話しているが、実際は人魚のような姿をしている。


 ……だが、精霊の化身であればそのような見た目になることも不可能ではないだろう。強さは据え置きだが。


 というのも、この世界の精霊は内に眠る魔力の一部を切り離すことでもう一人の自分――化身を生み出すことができるのだ。


 その姿や能力等は切り離した魔力の量によって決定される。「精霊魔法」を扱える一部の職業は、精霊と契約することで化身を与えてもらうことが可能で、それによって新しい魔法を習得することができるのだ。


「しかし、本体の姿すら真似られない小さな化身しかこちらへ寄越せないとなると……どうやら、今のウンディーネは著しく魔力が制限された状態にあるようだな」


 事態は依然として深刻そうだ。


 一度引き返して応援の冒険者を呼ぶことも考えていたが、ここは急いで先へ進んだ方が良さそうだ。


「――とにかく、俺たちは味方だ。水の精霊、お前の本体が居る場所まで案内してくれ」


 俺が言うと光の球体は頭上で一回転し、前方の通路を移動し始める。そして俺たちはその後に続くのだった。


 *


「……ここか」


 水の精霊の化身を追ってたどり着いたのは、通路の行き止まりに設置されている頑丈な鉄の扉だった。


 到着した段階で化身が消えてしまったので、この扉の向こうにウンディーネがいると考えて間違いないだろう。


「ふむ…………」


 俺はひとまず自分一人で扉を開けてみようと試みるが、重すぎて無理だった。おそらく、俺の力が弱いのではなく観光客という職業の筋力が低いせいだろう。そうに違いない。


「……すまない。どうやら一人の力では開かないようだ。三人で――」

「ふんっ!」


 俺が言い終わる前に、ベルが進み出てきて扉を押し開けた。


「行きましょうご主人様!」

「……ああ、そうだな」


 まったく、やれやれだな。


 ――ざっと通路から中の様子をうかがうが、暗すぎてよく見えない。


「トーチ」


 俺は光源を発生させる魔法を二重に発動させ、明かりを強めて部屋の中を照らす。


「………………!」

「ひ、ひどい……!」


 そこには、両手を鎖で縛られて項垂れるウンディーネの姿があった。


「ますたー……!」

「どうやら、これではっきりしたみたいだな」


 精霊を相手にここまでできるのは、上級職の人間――つまり俺のクラスメイトに違いない。


 ここに来て姿を現さないことが気がかりだが、まずは精霊の救出を――


「なぁんだ。誰かと思ったら、役立たずのマシロくんじゃあないですかぁ」


 その時、俺の背後で声が聞こえた。


「試し撃ちにはちょうど良いやァ。エアガンの時もわざとじゃないつったら許してくれたし、今回も良いっしょ? シュウトの仇は取らせてもらうぜ」


 振り返るとそこに立っていたのは、おそらくクラスメイトであろう男である。


「お前は……!」


 誰だ?


「タカシ?」

「違ぇよシュウジだよッ! シュウトの――お前が衛兵に突き出しやがった兄さんの双子の弟だッ!」

「…………ッ!」


 なるほど。弟か。シュウトとは見た目があまり似ていないから思い出せなかったぞ。


「俺は……一人で先に行っちまった兄さんのことを必死に探して……この町でやっと見つけたんだッ! それなのにぃ……ッ!」


 健気な兄弟愛だな。俺がぶち壊したし、そもそも向こうは弟のことなど一切気にかけていない様子だったが。


「つまり、一連の事件はタカシブラザーズの仕業だったという訳か……」

「シュウジだよ」

「下水道でブラザーズの片割れと戦うことになるとは……俺は亀ではなく観光客なんだがな」

「何の話だよ」

「……ではかかって来い、貴様も兄同様コインにしてやろう!」


 かくして、下水道での決戦が始まったのだった。

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