第13話 観光客、快適に暮らしてしまう


「ぐう……ぐう……」

「すやすや……」

「まだ寝るんじゃない」


 ――口の周りを汚したまま寝かかっているベルとリースを確保した俺は、そのまま入浴させることにした。


 だが案の定、二人とも身体の洗い方をろくに理解していなかったので、俺が洗ってやる羽目になってしまったがな。


 やれやれ……。


「ご主人様……今日はすごく大胆ですっ……!」

「この……へんたいますたー……!」


 一通り洗い終わった現在、二人は俺に背を向けて湯船に浸かっている。


「あんなコトするなんて……お嫁さんになれって言ってるようなものじゃないっ! 絶対にそうよっ! 魔物とニンゲンで結婚なんて……いっ、いやらしすぎるわっ!」

「だ、ダメだよリースっ! おっ、お嫁さんさんになるのは私だもんっ! 私、ご主人様になら何されてもいいもんっ!」


 何やら言い争っているが……喧嘩でもしているのか?


「え? 二人ともますたーのお嫁さんになるんじゃダメなの? あたし、五人くらいお嫁さんがいるニンゲンを見たことがあるわ!」

「…………そっか! じゃあ一緒にご主人様のお嫁さんになろうねっ!」

「ええ、約束よ! ますたーにあたし達オトナの魅力を分からせてやるのっ!」


 ……あまりよく聞こえないな。だがしかし、他人の会話に聞き耳を立てるのは野暮というものだ。


 俺には関係ない。


「それじゃあ、俺は疲れたからもう寝るぞ。――のぼせない程度に、気の済むまで湯船に浸かっているといい」


 仲間ペットを風呂に入れるという一仕事を終えた俺は、二人にそう告げて浴場を出ようとする。


「ご主人様は……一緒に入ってくれないんですか……? 寂しいです……」

「……ずっと側で見ていて、身体も拭いてくれないと……きっと部屋をびちゃびちゃにしちゃうわよ?」


 しかし、とんでもない脅迫をされてしまった。


「……俺は風呂には一人で静かに入りたい派だ。身体は拭いてやるから、上がったら呼べ」


 そう答えると、何故か二人はがっかりとした顔をしていた。皆で風呂に入りたいとは、随分と物好きなんだな。


 *


 全員が入浴を終えた後は、ベッドに入って寝るだけだ。


 ダンジョン内を明るく照らす「トーチ」という魔法を唱えることで、部屋の照明を調節することができると判明したが、外の明るさが分からないのでいまいち時間感覚が掴めないな。


 この空間にとどまったまま外の様子を確認する術がないかは、今後調べていく必要がありそうだ。


 真っ暗な部屋でそんなことを考えていたら眠くなってきたので、ゆっくりと目を閉じる。


 辺りが暗くなると辛いことを思い出してしまうのか、両脇で寝ていたベルとリースは俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。


 ふわりと甘い香りがする。風呂に入ったばかりだからな。


「ますたー……っ!」

「心配するな。俺はここに居るぞ」


 そう答えてやると、小さく震えていたリースは安心したように寝息を立て始めた。


「ご主人様は……優しいです……」


 ベルの方は甘えてはくるが、それほどうなされていない様子だ。ようやく俺の慈悲深さを理解し始めたらしい。


「快適な生活は……案外早く手に入ってしまったようだな」


 もはや、これ以上の危険を冒す必要はどこにもない。


 安心と安全を手に入れた人間が次に求めるもの……それは即ち娯楽だ。


 そして娯楽を極めるためには、様々な場所を巡って美食や遊興の知見を広める――即ち「観光」をする必要がある。


 逆に言えば、いつでも帰ることのできる「我が家」が存在せず安心と安全が常に脅かされている状態では、まともな「観光」など成立しない。


 だからこそ、観光客の覚える魔法は快適さを生み出すことに長けているのだろう。


 観光という娯楽を最大限に味わう為の能力が揃った職業ジョブ……それこそが『観光客』なのだ。


 ――つまりたった今、俺は『観光客』という職業ジョブを真に理解し、スタート地点に立ったのである。知らんけど。


「………………ぐう」


 馬鹿なことを考えていたらいつの間に寝落ちしてしまった。


 そして、朝になると「ステイ」で作り出した空間は崩壊を始め、俺たちは野外に放り出されるのだった。


 どうやら、あの空間に滞在できるのは日没から日の出までの間らしい。原作だと「夜を朝にする」魔法なのだから当然だな。


 日中はちゃんと観光しろということか……シビアな職業だぜ。

 

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