第12話 観光客、能力が覚醒する(?)


 ――ボフッ!


「…………うん?」


 俺が「トリート」の魔法を唱えたその瞬間、近くで何かが爆発したような音が聞こえてきた。


「あ、あれを見てくださいご主人様っ!」


 ベルが言う。


 何事かと思い部屋の中をぐるりと見回すと、入り口から見て左手側の何もなかったはずの壁に、新しい扉が出現していた。


「えっと……どゆコトよ? ますたー?」


 目をぱちくりさせながら聞いてくるリース。


 「……さあな。少し待っていてくれ」


 俺はひとまずそう答えた後、新しい扉を開けて向こう側を確認する。


「なるほど、不可解だ」


 その先には広々とした食堂があった。天井からはシャンデリアが吊り下げられ、部屋の中心に置かれた丸テーブルには空の食器が用意されている。


 そして中へ足を踏み入れた瞬間、視界上に次のようなウインドウが表示された。


 ※※※※※※※※※※


 *我が家のメニュー*


 ・カレーライス

 ・ハンバーグ

 ・オムライス

 ・ポテトフライ

 ・カルボナーラ

 ・ナポリタン

 ・サンドイッチ

 ・チョコレートケーキ

 ・アイスクリーム

 ・骨つき肉

 ・飴

 ・ワームステーキ

 ・タランチュラ

 ・ザラタンスープ


 ※※※※※※※※※※


「……だいたい分かってきたぞ」


 どうやら、この空間内でトリートの魔法を使うと食堂が追加されるようだ。


 おそらく滞在者の好物がメニューに表示されているのだろうが、どれを食べるか自由に選択できるらしい。通常のトリートよりもだいぶ融通がきくようだ。

 

「それにしても、何なんだこのメニューは……?」


 俺はリースの好物と思しきモノたちを見て呟く。どれも食べたくないし、タランチュラに至っては料理ですらないだろ。


「……………………」


 古城の主『ノクトゥート』は味にうるさい美食家だという設定があったはずだが、手下の魔物にはろくな食事を与えていないらしい。


「見なかったことにしよう」


 俺はウインドウを色々と操作し、どうにか三つのメニューを消去した。


 リースにはもっとマトモな物を食べさせる必要がある。


「とりあえず……何か選んでみるか」


 俺は試しに「ハンバーグ」と「オムライス」を選択してみた。何故なら、今日はその二つが食べたい気分だったからだ。実に合理的な理由だな。


 するとその瞬間、テーブルの上に近くに三人分のハンバーグとオムライスが現れる。


 ……実に美味しそうだ。俺もお腹が空いてきた。


「すごく良い匂いがします……じゅるっ!」

「本当に魔法で食べ物を出せるなんて……!」


 そうこうしている間に、料理の匂いに釣られた二人が許可なく食堂の中へ入ってくる。


「えへへぇ……!」

「あはぁ……!」


 お腹が空きすぎて我慢の限界が近いようだ。揃って理性を失いかけている。

 

「待つんだ。こういう場での食事には最低限のマナーというものが――」

「ごめんなさい……もうっ我慢できませんっ!」

「今のあたしは誰にも止められないわよおおおおっ!」


 そうして、ベルとリースは野生の本能をむき出しにして料理にがっつき始めるのだった。


「ひっぐっ! なにこれぇ……美味しすぎるわぁっ……!」

「あむっ! もぐもぐっ! んむっ! がつがつっ!」


 まったく、これではただのマモノとケモノじゃないか。


「……やれやれ。異世界人に現代料理は刺激が強すぎたようだな」


 ベルとリースには、人として過ごすたの教育をしてやる必要がありそうだ。


 俺は暴走する二人から少し離れた場所でハンバーグとオムライスを頬張りつつ、そんなことを思うのだった。


 *


 少しして、料理を全て平らげた二人は満足げな表情でお腹をさすっていた。


「あたし……こんなに美味しいもの生まれて初めて食べた……! 大量のオレンジワームを捕食中のイエロースライムに、真っ赤な血が飛び散ったみたいなヤツが特に好きだわ!」

「……オムライスのことだな」


 例えが全く美味しくなさそうだ。ケチャップライスをワームに見立てるんじゃない。


「私は……お肉の料理から懐かしい味がしました……! あんなに美味しいもの、初めて食べるはずなのに……不思議ですっ!」

「……ハンバーグか」


 やはりベルは基本的にお肉が好物のようだ。


 ――ともあれ、二人に喜んでもらえたようで何より……なのだが、口の周りにソースやらケチャップやらが付いてすごいことになっている。


 食事が終わると同時に食器等は消失するようだが、身体に付着した食べ物は消えないらしい。


「……お腹いっぱいになったら……なんだか眠くなってきたわ……」

「私も……うとうと……します……」


 やれやれ。魔法で簡単に綺麗にしてやれるから問題ないとはいえ、仲間ペットの主人をするのも楽ではないな。


「クリーン」


 俺は二人に向かってそう唱えた。


 実をいうと、クリーンの魔法は普段から頻繁に使用している。ベルはあまり服や身体が汚れること気にしていないみたいだからな。


 俺がこっそりと清潔さを保ってやらないと、すぐ泥だらけになってしまうのである。


 それに、魔法を使い続けることで能力値の底上げが可能だ。一石二鳥というやつである。


「おや?」


 ――だがしかし、今回は魔法が発動しなかった。その代わり、遠くから例の爆発音が聞こえてくる。


「…………またこのパターンか」


 俺は一度食堂を出て元の部屋を確認した。


 すると今度は、入口から向かって右手側の壁に新しい扉が出現している。そしてその扉の先には、タオル等が備え付けられた脱衣所と大きな浴室が広がっていたのだった。


「至れり尽くせりだな……『我が家』というよりは『旅館ホテル』じゃないか?」

 

 俺は思わず呟く。

 

 ……しかしながら厄介だ。これでは、二人を風呂に入れなければ綺麗にすることができない。


 マモノとケモノの愉快なコンビでは、おそらくまともに入浴できないだろう。


「やれやれ……」


 お風呂にはちゃんと入れということか。

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