第11話 観光客、安心を手に入れる


 魔法を使用した俺の前に出現したのは、木製の扉だった。


「ご主人様、これは……?」


 それを見て首を傾げるベル。


「こんな魔法、初めて見たわ」


 リースはぽつりとそう呟いた。


「俺にも分からない。とりあえず開けてみるとしよう」


 俺はそう言ってドアノブに手をかけ、扉を開いて中の様子を確認する。


「わぁ!?」

「す、すごい……!」


 後ろから見守っていた二人は、声を上げて驚く。


「――なるほど。これが本来の『ステイ』か」


 扉の向こうには広々とした部屋が存在していた。


 原作では、日没時に使用すると早朝まで時間を飛ばせるだけの魔法。それが「ステイ」である。当然、あまり使えない。


 しかし「クリーン」や「トリート」と同様、この魔法にもゲーム上では再現されていなかった真の効果があった。「ステイ」とは、自由に寝泊りできる広々とした真四角の部屋を召喚する魔法だったのである。


「ど、どうしていきなりお部屋が?!」


 ベルは驚いた様子でそう問いかけてくる。


「まだ詳しくは分からないな。俺一人で様子を見てくることにしよう。外で何かあったら教えてくれ」

「はい、分かりました!」

「気を付けてね……」


 かくして、俺は二人を残して部屋の中に足を踏み入れるのだった。


「ふむ」


 見たところ部屋の材質は全て木材だ。しかし火を近づけても燃えることはない。


 一応は窓も存在するが、向こう側は真っ白で何も見えないし、衝撃を与えて割ることもできなかった。


 中の物は全て破壊不可能であるということだ。


 従って、ここは守られた安全な空間であると考えて問題ないだろう。


 おそらくは「バリア」のようなものだ。調子に乗って内部で爆発魔法でも撃たない限り死ぬことはない。


 ――もっとも、そんなことをするお間抜けさんは存在しないと思うが。


「なるほどな……」


 家具は三人分のイスとテーブル、それから大きなベッドのみ。つまるところ、基本的には寝るか休憩するかの用途にしか使えないようだ。


 この場所へ色々と必要な物を持ち込んで保管できるのか等の疑問に関しては、今後検証していく必要がありそうだな。


 一通り確認を終えた俺は、一度外へ出た。


「ご主人様ぁっ!」

ご主人様ますたーっ!」


 すると、突然二人が涙目になりながら抱き着いてくる。


 ちなみに、リースは俺のことを「ますたー」と呼ぶつもりらしい。やれやれといった感じだな。


「まったく、どうしたんだ二人とも」


 俺はベルとリースの頭をなでて宥めすかしながら、そう問いかける。


「そ、それが……ご主人様が中に入ってから急に扉が消えてしまって……」

「あたしたちっ、必死に探したの……っ!」

「そうか。心配をかけてすまなかったな」


 どうやら主人ホストである俺が中へ入ると扉は消失するらしい。つまり、何者かに侵入される心配もないということだな。


「今度は三人で入ろう。……安全だと分かったから、二人が先に入ってくれ」


 かくして、俺はベルとリースを中へ招き入れたのだった。


「私、こんなにおっきなベッドは初めて見ました! あったかいですっ!」

「しかもふかふかよ……! 何なのこれ……!」


 部屋に入って早々、大きなベッドに興奮する二人。


「ますたー、飛び跳ねてもいいかしらっ?!」


 挙げ句の果てに、リースがとんでもないことを言ってくる。


「……好きなだけ遊ぶと良い」


 俺は家具が破壊できるのかを検証し忘れていたことを思い出し、自由にやらせることにした。


「わーいっ! マジックアロー!」

「リースっ?!」

「全然なんともないわよベル! このベッドすごいわ!」

「……そ、そうだね」


 ――結論を言うと、家具も壊れないらしい。


 * 


「はぁっ……はぁ……っ」

「疲れたわ……」


 一通りはしゃぎ尽くしたベルとリースは、疲労困憊の様子だった。ベッドの上に横並びで死にかけている。


 ――グゥ。


 すると、今度はお腹の鳴る音が聞こえた。


「ぁう……」

「きっ、聞こえちゃったかしらっ?!」


 ベッドから勢いよく起き上がり、恥ずかしそうに顔を赤らめる二人。実に忙しい奴らだ。


「食べ物なんてないわよね……。大丈夫、我慢するのは慣れてるわ!」


 俺達に気を使っているのか、そんなことを言うリース。そもそも、魔物は普段何を食べているのだろうか。リースに限って「ニンゲン」ということはないだろうが……。


「心配しないで。ご主人様は魔法で食べ物を出せるの!」


 対してベルは、自分のことのように胸を張りながら言った。


「それ、本当……?」


 疑いの眼差しを向けてきたリースに対し、俺は頷く。


「トリートという魔法だ。聞いたことはないのか?」


 俺が問いかけると、リースはブンブンと首を横に振った。


「魔法で食べ物を出すだなんて……それが出来たら苦労はないわよ……」

「でもご主人様はできちゃうの!」

「……ふーん?」


 いまいち信じ切っていない様子のリースだが、その目は俺に対する期待でキラキラと輝いていた。


 どうやら余程お腹が空いているらしい。追手から逃げていたのでほとんど食事をする暇がなかったのだろう。


「では、夕食の時間にするか」


 俺はそう言って椅子から立ち上がった。


「トリート」


 ――そして、更なる発見をすることになる。





 *我が家のアイテム*


・大きなふかふかのベッド×1

・木製のテーブル×1

・木製の椅子×3

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