第二章 覚醒する観光客と退化する勇者

第9話 観光客、魔族の少女と遭遇する


 モルドの事件を華麗に解決し、町に活気を取り戻しておまけに英雄になってしまった俺は、ベルを連れてそそくさと次の目的地へ向かっていた。


 無駄に目立つのは嫌いだからな。


 雑貨屋のおっさんからは、盗賊団を壊滅させた報酬として5000¥$支払ってもらった。つまり、現在の所持金の合計は6100¥$ということになる。


 序盤の資金としてはそれなりに潤っている方だ。とはいえ、万全を期すためにまだまだ稼ぐ必要はあるがな。観光客は辛いぜ。


 ……と、そんなこんなで俺たちは薄暗い森の中を通る街道を歩いていた。


「ご主人様、次はどこに行くんですか? 魔王を倒すとおっしゃっていましたが……」


 俺の隣にぴったりとくっついて歩いていたベルが、首をちょこんと傾げながら問いかけてくる。


「ああ、一応それなりのレベルになったからな。王都に戻っていくつか依頼をこなしてから――」

「いやああああああああっ!」


 その時突然、近くの茂みの向こう側から少女のものと思しき悲鳴が聞こえてきた。


「ご、ご主人様っ!」


 びっくりしてオロオロしている様子のベル。


 まったくやれやれだ。人が説明している時に邪魔をするだなんて。


「……ベルは俺の後ろで待機していろ。何かあったら今の声のように叫べ」


 俺はそう指示を出し、悲鳴が聞こえた茂みの中へ分け入っていく。


「……………………!」


 そこに居たのは、二匹の魔物だった。


「脱走ォはァ……ユルサレ……なイ……ウがあああああああッ!」


 一匹は、下顎から二本の大きな牙を生やした赤肌の巨人――オーガだ。


「捕マエたァ……!」

「いやぁっ! 離してっ!」


 もう一匹は、薄紫色の髪に蝙蝠の羽を持つ、少女の姿をした下級悪魔――インプである。


「離しなさいよっ! このぉっ!」


 どうやら仲間割れのようだ。『エルクエ』において、魔物同士が敵対することはそれほど珍しくない。奴らも色々と世知辛いのだ。


「脱走者は……両脚ヲ……折ル……!」

「ひぃぃっ?!」


 必死にじたばたと暴れて抵抗していたインプだったが、両足を掴まれて逆さに持ち上げられたことで完全に動きを止める。


 どうやら、恐怖のあまり抗う気力を失ってしまった様子だ。


「ノクトゥート様かラの……命令……!」


 たった今オーガが出した名前には心当たりがある。古城と呼ばれるダンジョンの主人ボス『許されざるノクトゥート』のことで間違いない。


 古城は王都の南東にある平原にひっそりと佇むダンジョンで、攻略するための推奨レベルは25だ。観光客だったら40くらいはないと厳しい戦いになるだろう。


 奴らがボスモンスターの配下であるのなら、非常に危険だ。ユニークモンスターは何をしてくるか分かったものではないからな。


 つまり、目の前で起きていることには関わらない方が良いということだ。


「……見なかったことにしよう」


 そっと後ずさり、ベルの元へ戻ろうとしたその時。


「た、たすけてぇ……っ」


 インプは、青い瞳で助けを求めるようにこちらを見つめてきた。


 最悪だ。どうやら気づかれてしまったらしい。


 ――しかし困ったことに、青い瞳は人間に対して友好的な魔物である証だ。


 友好的な魔物は、会話をすることで便利なアイテムをくれたり、仲間になったりすることがある。


 ……どうやら、かなり珍しい邂逅イベントに遭遇してしまったらしい。


 非常に面倒だが、助ける理由が出来てしまったな。


「……やれやれ」


 オーガのレベルは基本的に15前後。古城に出現するモンスターの中では、インプの次に弱い。


 だが、イベントで遭遇するタイプのモンスターは基本的に特殊個体ユニーク。通常よりも全体的にステータスが高い。


 現在の俺が普通に戦って勝てる確率は……一割といったところだろうか。奴の攻撃を一撃でも喰らえばミンチにされてしまうだろう。


 もっとも、俺がオーガから一撃をもらうようなミスをするようなことは絶対にないがな。


「一瞬で片付けてやろう」


 俺はそう呟きながら【収納】していた松明を取り出し、哀れなインプに目配せする。


「…………っ!」


 タイミングを見て逃げろということだ。伝わっているかは知らんが。


「そノ後……両腕モ、折って……ワームのエサに、スル!」

「やかましい」


 俺はこちらに背を向けてのん気に喋っているオーガに向かって、火を付けた松明を全力で投げつけた。


「グアアアアアアアアアアアアッ!」


 それが背中に直撃した瞬間、全身が炎上して苦痛に悶えるオーガ。


「マジックアローっ!」


 下級悪魔の少女は、その隙に魔法で追撃して拘束から逃れた。


「ご主人様っ! 魔物の声が聞こえたので来ましたっ!」


 ほぼ同時に、騒ぎを聞きつけたベルが俺の元へ駆けつける。


 ……やれやれ、待っていろと言ったのに。


「あっちの小さい奴は友好的な魔物だ。助けてくれと頼まれたから、大きい方に攻撃するのを手伝ってくれ」


 俺は松明を手渡しながらベルに言った。


「分かりました! 私に任せてください!」


 以前はあれほど怖がっていたのに……立派な戦士に成長したようだな。


「――総攻撃開始だ」

「はいっ!」


 松明とマジックアローによる三方向からの同時攻撃をくらい、オーガ何もできずに膝をつく。


「ウグウウウウウウウウウウゥゥッ!」


 炎上したままその場にうずくまり、悶え苦しんでいる様子だ。


「――とどめだ」


 俺は、そこへすかさず追加の松明を投げつけるのだった。


 エルクエ序盤の松明は、最強の遠距離攻撃アイテムなのである。

 




 *ステータス*


【インプの少女】

 種族:魔族 性別:女 職業:なし

 Lv.10

 HP:54/54 MP:98/98

 腕力:12 耐久:11 知力:24 精神:17 器用:11

 スキル:なし

 魔法:マジックアロー、スリープ

 耐性:なし

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