第5話 観光客、盗賊団を壊滅させる


 無事にアンデッドを討伐した日の晩、宿屋にて。


「すや……すや……」

「…………やれやれ、やっと眠ったか」


 俺は約束通りベルと同じベッドで眠っていた。


 しかし想定していたよりも暑いな。ベルの額も汗でじっとりしている。


 暑すぎて少しだけ命の危険を感じるので、ベルが寝たのを見計らって移動しようとしたのだが……。


「むにゃむにゃ……ご主人様……ずっと……いっしょ……」


 がっちりと腕を掴まれてしまっているため身動きがとれない。


「暑いから今だけは離れてくれないか?」

「ふへへ……おいひいれす……」

「……やめろ。俺の腕に噛みつくな」


 おまけに右腕を甘噛みされている。どうやら、ベルは俺を食う機会を虎視眈々と狙っていたらしい。


 まったく、見かけによらず恐ろしい奴だ。実は俺の方が全体的に能力値が低いとバレて襲われないよう、気を付けなければいけないな。


「やれやれだ……」


 そうして夜は更けていくのだった。


 *


「ご主人様のからだ……すごく暖かかったです……」

「ベルも……暖かかったぞ」

「ご、ご主人様ぁ……っ」


 ……翌日、目覚めた俺は雑貨屋へ向かい、店主にアンデッドを討伐したことを告げた。ちなみに、その間ベルは俺の後ろに隠れている。


「おいおい……まさか本当にやっつけちまうとはな……。てっきり逃げ帰ってくると思ってたぜ」


 俺が昨晩のうちに証拠として拾っておいたアンデッド達の骨を眺めながら、驚いた様子で呟く店主のおっさん。


 レベルが上がった際に、アイテムの持ち運び制限が大幅に緩和される便利スキル【収納】を習得したので、骨の持ち運びは容易だった。


 俺が着用している制服のポケットは、全て四次元ポケットと化したのである。


 ……だが、アンデッドの骨を見せるまで討伐したことを信じてくれなかったのは不服だ。俺は少しだけムスッとしながら店主のおっさんに言った。


「――じゃあ、約束通り報酬を貰おうか」

「ほらよ。持っていきな」


 おっさんに金貨の入った袋を手渡されたので、中身を確認する。


「……よし、原作通りだな」

「意味の分からねえこと言いやがって……つくづく不気味な奴だぜ……。異界人ってのは全員そうなのか?」

「いいや、俺は特別だ」

「…………それを聞いて安心したぜ」


 かくして俺は1500¥$を手に入れたのだった。


「……だが、実力だけは本物だ。……いっそ英雄に仕立て上げちまえば、ここは町を救った英雄が利用する店ってことに……」


 ――気色悪い独り言を小声で呟くおっさんを無視して600¥$払い、二人分の外套クロークと二本の短剣ダガー、それから弓と十本の矢を購入する。


「商売繁盛の道筋が見えたぜ……!」


 ひとまず装備が整ったので、これで俺もベルも最弱モンスターであるゴブリン程度なら簡単に倒せるようになっただろう。


「では、店を出るとしよう。ベル、次はお昼ご飯に――」

「ところでよぉ……実はもう一つ依頼があるんだが」


 買い物を済ませて外へ出ようとしたその時、おっさんがそう言った。


「断る」


 俺は即答する。


「最近、盗賊団の奴らが東の森を拠点にして通りがかった行商人を襲ってるみてぇなんだ。お陰で品物が仕入れにくくなって商売上がったりだぜ! 奴らを退治してくれんなら、それなりの報酬を支払ってやるよ」

「………………」

「どうだ? 受ける気になったか? ……それとも、やっぱりお前には難しい依頼だったか? それなら良いんだ、他の冒険者を当たるからよぉ」

「………………」


 どうやら俺が最初にした返事を聞いていなかったらしい。


「断わ――」

「ご主人様ならそのくらい簡単にできますっ! 馬鹿にしないでくださいっ!」


 その時、ずっと黙っていたベルが顔を真っ赤にして怒鳴った。両手の拳を握りしめ、眼に涙を溜めてぷるぷると震えている。


「わ、悪い。嬢ちゃんを泣かせるつもりは――」

「やれやれ」


 盗賊団討伐の依頼はそれほど旨味がないのでスルー安定だが……仕方ないな。


「すぐに終わらせて戻って来るから、報酬を用意して待っておけ」


 俺はそう宣言し、ベルを連れて雑貨屋を後にするのだった。


 ……それにしても、おっさんの商売はいつも上がったりだな。


 *


 一度モルドを後にした俺たちは、おっさんが言っていた東の森までやって来ていた。詳しい場所を聞かずに勢いで出てきてしまったので、ここから先は原作の知識を頼りに勘で盗賊団のアジトを探し出さなければならない。


「ベル、何か怪しいものを見つけたら教えてくれ」


 俺は茂みをかき分けて森の奥へと踏み入りながら、後ろにいるベルに向かって呼びかける。


「…………はい」

「どうかしたのか?」

「ご、ごめんなさい……ご主人様のことを悪く言われるのが……我慢できなくて……」


 立ち止まって振り返ると、ベルがしょんぼりとしていた。尻尾は垂れ下がり、頭には葉っぱが沢山乗っている。


「気にするな。依頼は元々受けるつもりだったからな」


 俺は嘘をつきながら、ベルの頭の葉っぱを振り払った。


「ご主人様ぁ……!」


 潤んだ目でこちらを見つめてくるベル。


「まったく。俺の優しさに感動したからといって、泣く必要はないだろう」


 やれやれ、世話の焼ける仲間ペットだ。


「いいえ、あの、ゴブリンです。近くにいます。怖いです……!」

「そうか」


 ――どうやら、魔物を発見したことに起因する涙だったらしい。


 俺は振り返って目を凝らし、魔物の姿を探す。


「……どこにも見当たらないが」

「でも、匂いがするんです。すぐ近くで……!」

「なるほど」


 ベルの言うことを頼りに付近を捜索すると、地続きだと思っていた獣道の途中が崖のようになっているのを発見する。


「……居たな」

「は、はい……っ!」


 そして、その崖の下に奴らが拠点を構えているのを見つけた。


ゴブリンの群れだ」


 そう、実は盗賊団の正体が比較的賢いゴブリンの群れだったというのが、このクエストにおける驚きポイントである。だから何だという感じだが。


「キョウモ、ニンゲン、オソウ!」

「ニンゲン、バラバラニシテ、クウ!」

「キラキラ、シテルヤツ、ゼンブウバウ!」


 強いて言えば、人間じゃないから何をしても良心が痛まなくてラッキーだな。


「さてと。では適当に片づけて帰るとするか」

「で、でも……たくさん居ます……!」

「心配するな。何も問題はない」


 俺は弓矢を構えながら言った。


「ええと、ドクロマークの樽は……ちゃんと置いてあるな。原作通りだ」


 微塵の躊躇もなく火打ちの魔石を使って矢に火を付け、アジトの入口周辺に置いてあるタル爆弾に向けて放つ。


 ――ドゴオオオオオオオオオン!


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ?!」

「グアアアアアアアアアアアアッ!」

「タスケテクレエエエエエエエエエエエッ!」


 ……その後どうなったのかを詳細に説明する必要はないだろう。


 ゴブリンの盗賊団は壊滅してアジトは更地になり、俺はレベルアップした。


 一件落着である。





 *ステータス*


【マシロ】

 種族:異界人 性別:男 職業:観光客

 Lv.13

 HP:82/82 MP:46/46

 腕力:19 耐久:14 知力:14 精神:16 器用:18

 スキル:鑑定、値切り、旅の経験、収納

 魔法:クリーン、トリート、トーチ

 耐性:なし

 装備:外套、短剣、弓


 所持金:1100¥$

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