第3話 観光客、レベルアップする
翌朝、目覚めた俺とベルは早々に馬小屋から立ち去った。
「ご主人様のからだ……すごく暖かかったです……」
ベルは俺の制服の袖をちょこんと掴みながら、そんなことを言ってくる。人通りの多い街中で。
「ベルも暖かかったぞ」
「ご、ご主人様ぁ……っ」
俺の言葉に顔を赤らめるベル。実に愉快な
「ふ、ふへぇぇっ、それ、好きですぅっ……」
「そうか。ならもっとなでてやろう」
「ひっ、ひゃん!」
やれやれ、犬なんだから「わん」と鳴くべきだろう。
「むふふ」
俺は肩をすくめる。
「……見てみろよ。ありゃ、あと五年もすれば大層な上玉になるぜ」
「チッ、高そうな奴隷連れ歩きやがって……!」
するとガラの悪そうな通行人どもの舌打ちが聞こえた。
どうやら、ベルは美少女なので目立つらしい。元の主人は余程の節穴だったのだろう。気をつけないと人攫いに遭ってまた売り飛ばされそうだな……。
「主人ヅラしてるガキの方は貧弱そうだしよォ……やっちまうか?」
「やめとけよ。アイツ、見たところ異界人だ。怒らせたら何してくるかわかんねぇぜ」
中立のNPCである『街のごろつき』は、初手で松明を投げて焼き払えば観光客の貧弱なステータスでもワンチャン勝つことができるが、今は肝心の松明を持っていないので無理だ。
「行くぞ、ベル。俺から離れるな」
「は、はい! 一生添い遂げますぅ……っ!」
俺は仕方なく、ベルを連れてそそくさと王都を後にした。
王都で受けられるクエストは難易度が高いので、他の町へ行ってレベル上げをする必要がある。
野外を移動するのもゴブリンや盗賊に襲われる危険性があるが、ここに関しては何事もないよう祈るしかないな。
――という訳で野外フィールドである広大な草原を道沿いに歩いていたのだが……途中でベルのお腹が鳴った。
「うぅ……ごめんなさい、ご主人様……」
やはり飴玉一個では保たなかったか。仕方がない。
「私は……大丈夫です!」
「そうもいかないだろう。……ひとまず、今日はここで野宿する。どうにかして食料も調達しないとな」
言いながら、その場に立ち止まったその時。
「うぐっ……! あ、頭が……っ!」
「ご、ご主人様っ?!」
突如として、脳内にやかましいファンファーレの音が鳴り響く。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「……ああ……問題ない。どうやら……レベルアップしたみたいだな」
「れ、れべるあっぷ……?」
目を潤ませながら、心配そうな顔でこちらを見つめてくるベル。どうやら、城の人間達とは違ってステータスのことを知らないらしい。
「つまり強くなったということだ」
俺は、ベルの頭をなでなでしながらそう説明する。
「つよくなった……?」
観光客の持つ【旅の経験】というスキルには、野外を移動する度に自分や仲間に経験値が入るという優秀な効果がある。
つまり、歩いているだけで今のようにレベルアップすることがあるのだ。
「ベル……食料を調達する必要は無くなったぞ。今すぐ腹いっぱいにしてやる」
「へ……?」
そしてレベルが2になった瞬間、俺の脳内に新しい魔法の知識が流れ込んできた。
俺が新たに習得した魔法の名は「トリート」
原作での効果は空腹を満たすというものだ。
しかしエルクエにおける食事とは、体力を回復したり特殊な追加効果を得たりするためのものであり、空腹という状態は存在しない。
……お察しの通り、MPを3消費して「満腹になった」というメッセージウインドウを見るだけのゴミみたいな魔法がトリートなのである。クリーンとほぼ同じだ。
――もっとも、それはゲームでの話。
「トリート」
俺はベルに向かって右手を突き出し、呪文を唱えてみる。
「わわっ、な、なんでご馳走がこんなにっ!?」
するとベルの周囲に、浮遊する無数の骨付き肉と飴玉が出現した。
調べたところ、触れるのはベルだけで俺が干渉することはできない。
「トリート」
今度は自分に向かって使ってみると、こちらの世界にいる限りは食べられないと思っていた好物の料理が幾つか出現した。
「カレーライス、ハンバーグ、オムライス、ポテトフライ、カルボナーラ、チョコレートケーキ、アイスクリーム……。やれやれ、俺の好物だったらなんでも良いと思っているのか?
どうやら本来のトリートは、対象の記憶の中にあるご馳走をランダムに再現する魔法だったらしい。
「もぐもぐ……うぅっ……」
ベルは浮遊する骨つき肉にかぶり付き、再びぽろぽろと涙を流す。
「もう……食べられないと思ってました……っ。ご主人様は、やっぱり……神さまなんですね……っ、うわあああああんっ!」
再現された料理を食べれば実際に腹も膨れるようだ。食べきれなかった分は勝手に消滅するようになっている。
「とっても美味しかったですご主人様っ! こんなに幸せなことはありません!」
「そ、そうか。それは良かった」
この魔法に頼っていて、栄養バランスは大丈夫なのか? 魔法の力でそこら辺も解決してくれているのだろうか?
色々と気になるが、ひとまずMPが残っていれば餓死することはなくなったので良しとしよう。
しかし、魔法で出現するご馳走のレパートリーを増やすためにも、ベルには色々なものを食べさせておいた方が良さそうだな。骨つき肉と飴ではあまりにもバランスが悪すぎる。野菜が足りていない。
……いや、犬の獣人だから肉だけで良いのか?
そんなことを思いながら、その日はベルを毛布がわりにして野宿するのだった。
「ご主人様といると……幸せな気持ちになります。だから……捨てないでください……」
「やれやれ、俺がそんなことをする人間に見えるか?」
「わりと……」
「……………………」
そうか。
「私、不安なんです……ご主人様……。ずっと一緒だって証をください……お願いです……」
「なるほど」
どうやら、ベルは俺と同じく人間不信が極まっているようだ。かわいそうに。
仕方がないので、俺の優しさを嫌というほど思い知らせてやろう。
「わかった。今から『もふもふ』してやるから、それで満足しろ」
「……え?」
「俺にはこの技で数多くの犬や猫と仲良くなってきた実績がある」
「い、意味が分かりませんご主人さ――きゃっ! ふ、ふぇ、だ、だめ……っ!」
よし。これでベルと仲良くなれたな。
*ステータス*
【マシロ】
種族:異界人 性別:男 職業:観光客
Lv.2
HP:16/16 MP:10/10
腕力:2 耐久:4 知力:2 精神:4 器用:3
スキル:鑑定、値切り、旅の経験
魔法:クリーン、トリート
耐性:なし
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