第2話 観光客、奴隷少女を拾う


「さてと……一通り観光は済んだな」


 城下町をざっと観光してみたが、大体はゲームでプレイしていた時と同じ感じのマップだった。


 街の中心部には雑貨屋、武器屋、防具屋、魔道具屋、冒険者ギルド等の主要な施設が存在し、少し外れた貧民街方面には闇市ブラックマーケット、奴隷市場、カジノ等の怪しげな店が存在している。


 といっても貧民街の方は治安が悪く、立ち入ると危険なイベントに遭遇しやすいので高台からざっと眺めただけだがな。


 準備なしに危険な場所へは立ち入らない。それが『観光客』の鉄則である。


 それに、賭けるものがセーブデータから自分の命になったので、普段よりも更に慎重なプレイを心がけなければならない。石橋を叩いて粉砕してから引き返すくらいが丁度いいのだ。


 ……と、そうこうしている間に日が暮れてしまった。


「やれやれ……それでは馬小屋に泊まるとするか」


 俺は呟きながら、宿屋の脇にある馬小屋へと向かった。


 別にクラスメイトから追放されて頭がおかしくなったわけではない。『エルクエ』では、無料で馬小屋に泊まることが出来るのだ。


 だが、そうすると寝ている間にお金を盗られるイベントが高確率で発生し、所持金が半分になってしまう。つまり、本当に無一文の時だけ実質デメリット無しで馬小屋に泊まることが出来るということである。


 ――そしてもう一つ。


 王都モルドの馬小屋には、初回に利用した時のみ限定で発生する特殊イベントが用意されている。

 

「ひっ! ご、ごめんなさいっ!」

「……まさか本当に居るとはな」


 それがこの、奴隷市場から逃げ出した獣人との遭遇イベントである。会話の選択肢を間違えなければ、獣人奴隷が頼もしい仲間ペットになってくれるのだ。


 ちなみに、エルクエにおいて仲間は全てペット扱いである。人間だろうと動物だろうとモンスターだろうと、仲間になったらペットなのだ。常識や倫理観といったものは投げ捨てろ。


「す、すぐに出ていきますから……ぶたないでください……っ!」


 この特殊イベントで遭遇する可能性がある獣人は四種類で、強い方から順に、筋骨隆々のおっさん獣人>ナイスバディのお姉さん獣人>可哀想な少女の獣人>喋るサルとなっていく。


 今回遭遇した獣人は、尖った犬耳とふわふわの尻尾を持つあどけない少女だ。つまり強さ的には三番目。能力値が伸びやすく将来性はあるが、育成しないとすごく弱い。序盤が弱い観光客との相性は最悪である。ネタ的に考えても喋るサルより面白くない。


 できれば筋骨隆々のおっさん、せめてナイスバディなお姉さんと遭遇したかった。


 ……念のため断っておくが、俺の趣味の話をしているのではない。仲間にした時の強さの話をしている。


「ご、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」


 犬耳をぶるぶると震わせて謎の謝罪を繰り返す少女。恐らく、奴隷商人からよほど酷い暴力を受けていたのだろう。身体には生々しい傷跡があり、薄汚れていて、おまけに痩せ細っている。髪はボサボサで、目からも生気が感じられない。


 なるほど可哀想だ。この俺に同情の念を抱かせるとは……なかなかやるな。


「……安心しろ。俺もお前と同じ馬小屋の利用客だ」

「へ…………?」


 俺の言葉を聞いた獣人の少女は、ゆっくりと顔を上げて怯えた表情でこちらを見てくる。


「おそらく、お前のことをぶったりもしない。だからそう怖がるな」

「あ……ぅ……」


 きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回す少女。どうやらまだ警戒しているようだな。よほど酷い目に遭ってきたのだろうし、無理もない。他人を信用できないのだ。


「クリーン」


 俺は実験のため――ではなく善意から、少女に向かって覚えていた生活魔法を使ってみる。


 原作ゲームにおけるクリーンは、MPを3消費して「綺麗になった」というテキストを見ることができるという、何の意味もないクソみたいな魔法だったが……今なら役立つのではないだろうか。


「え…………?」


 すると目論見通り、少女の体からみるみるうちに汚れが落ちていった。着ていた不潔な奴隷の服も、清潔な奴隷の服になっている。


 ボロボロであることに変わりはないが。


「す、すごい……なんで……?!」


 見違えるように綺麗になった自分の身体を見回しながら、俺の方を見てくる少女。


 汚れてボサボサだった髪は、シャンプーをしてから櫛でかしたかのように綺麗な艶のある銀髪なり、瞳には光が戻っている。


 見違えるような美少女が俺の前に立っていた。


「あ、ありがとう、ございます……っ!」

「いいや、気にするな」


 なるほど、これがクリーンの持つ本来の効果だったのか。ゲームでは一切役に立たないクソ魔法だったが、現実だとかなりのチートだな。あなどれないぜ。


 そんなことを思っていると、突然「ぐぅ」という音がした。どうやら犬耳少女のお腹が鳴ったらしい。


「うぅ…………」

「ああ、そうだったな」


 そこで俺は、食わずにとっておいた飴玉を制服のポケットから取り出し、包装を剥がして少女に手渡す。


「飴だ」

「あめ……?」

「今はこれしか持ち合わせていないが……舐めておけば少しは気が紛れるだろう」


 このイベントでは、食べ物をあげるとより懐柔しやすくなる。飴玉を食べずに取っておいたのはここで餌付け――ではなく、哀れな獣人に恵んでやる為だ。伏線回収というやつだな。


「お食べ」

「…………」


 少女はしばらくそれをじっと眺めていたが、やがて匂いを嗅ぎ始め、舌を出して恐る恐る舐め始めた。味見をしているのだろう。


「…………っ!」


 すると今度はいきなり震え始め、飴玉を口の中に頬張った。


 どうやら気に入ったらしい。甘いものなんてろくに食べさせてもらっていないだろうから当然だな。尻尾もブンブン振ってるし。


「んっ……んん……っ」

「喉に詰まらせるなよ。あと、いきなり噛み砕こうとするな。舐めて溶かせ」


 やや危なっかしい感じがしたのでそう忠告すると、少女はコクコクと頷いてゆっくりと飴玉を口の中で転がし始めた。


「ひうっ、ううぅぅっ」


 しばらく黙って飴玉を舐めていた少女だったが、突然ぽろぽろと涙を流し始める。


「泣くほど美味しかったのか?」


 俺が問いかけると、少女は再び頷いた。


「よしよし、飴はそれしか持ってないから味わって食べるんだぞ」


 そう言って、俺は少女の頭を撫でてやる。


「うぅぅっ、ううううううっ!」


 すると、少女は突然唸り声のようなものを上げながら俺に抱きついてきた。


「神さまぁ……っ!」

「おいおい、俺は神様じゃないぞ」


 制服を涙やら何やらでぐしょぐしょにされる。後で自分にもクリーンをかけておいたし方が良さそうだ。


「……お前、名前は?」

「ぇう……っ」

「?」


 よく聞き取れなかったな。


「ベルです…………ベルって言いますっ……!」


 俺が首を傾げていると、少女は飴玉を絵口に含んだままの舌足らずな話し方でそう答えた。


「そうか、いい名前だな」

「…………! ひっぐっ、うえええええええんっ」

「おい、何故そこで泣く」

「死んじゃったお父さんとお母さんがっ……付けてくれた名前だから……っ! ううぅぅっ」

「そうか。今まで辛かっただろう、ベル」


 俺は言いながら、もう一度ベルの頭をなでる。


「よく頑張ったな」

「うぅぅっ! うわああああああんっ!」


 すると、ベルはより一層大きな声で泣き始めるのだった。


「おいおい、あまり泣くな。誰かに見つかったら、今度こそ本当に馬小屋を追い出されてしまうぞ」

「えっぐっ……ごめんなさい……ご主人様ぁ……っ」

「まったく、いつから俺はベルのご主人様になったんだ?」

「今ですっ……今なりましたっ! 私のご主人様になって下さい……っ! 一緒にいさせてくださいぃっ! ずっと独りぼっちでっ、怖くてっ、寂しかったんですっ!」


 ちょろいもんだぜ。流石は異世界。


「……わかった。一緒にいてやるから安心しろ」

「ご主人様ぁっ! うえええええええんっ!」


 かくして、犬耳奴隷少女のベルが仲間ペットになった。


「すや、すや……」

「こいつ……体温が高いな。寒さをしのぐのにはちょうどいい」


 ――そしてその日は、ベルを毛布がわりにして眠るのだった。




 *ステータス*


【ベル】

 種族:獣人 性別:女 職業:なし

 Lv.1

 HP:21/21 MP:2/2

 腕力:5 耐久:4 知力:2 精神:3 器用:2

 スキル:アイテム拾い

 魔法:なし

 耐性:なし

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