第8話 元侯爵令嬢
私はダリアナ・オールポッド侯爵令嬢。
私の父親である侯爵は私が七歳の時に病気で死んだわ。
私はその頃に不思議な力に目覚めたの。人に触れると私との未来が見えるようになったわ。でも近い未来だけなんだけどね。
初めてのそれを感じたのはお父様の実の弟であるトリスタン叔父様に触れた時だった。お父様の葬儀が終わるとすぐにお祖父様がエイダお母様とトリスタン叔父様に命令したの。
『一年後に再婚しろ、エイダ。トリスタンの子を産め。次は男だ』
トリスタン叔父様はやらしい笑顔をして二人がけのソファーに座る私とエイダお母様の後ろにまわり私達の肩に手をかけてきた。
「これから三人で仲良くやっていこう」
その時だったの。
私の頭の中にとてつもなくショッキングなことが浮かんできたのよ。私は叔父様の手を払いのけて部屋へとかけ戻ったわ。お母様はすぐに追いかけてきてくれた。
「ダリアナ。いったいどうしたの? トリスタン様のことがそんなに嫌いなの?」
「違うの、違うのよっ! お母様! わたくし、トリスタン叔父様が怖いわ」
私はエイダお母様に頭に浮かんだことを話した。
「そんなこと起こるはずないじゃないの。大丈夫よ。お父様がお亡くなりになってショックを受けているのね。
そうね。じゃあ、お母様と一緒に寝ましょうか。トリスタン様との再婚も一年後だと言っているしそれまではお父様が安らかにお眠りになることを祈りましょうね」
少しだけ私にあきれた様子だったお母様だったけど私が泣きじゃくっていたからなのかその日から私と一緒のベッドで寝てくれた。
それから一週間後に本当にその悪夢はやってくるの。
ある日の夜中、自分の部屋のベッドで眠る私は何かに触られたのを感じて目が覚める。気持ち悪くて思わず声をあげようとしたら口を手で塞がれてしまいさらには寝間着の中に手が伸びてくる。
私は口を塞ぐ手を思いっきり噛んでやった。
「ぐわっ!」
「きゃーー!」
手が口から離れたと同時にあらん限りの声で叫んだから隣に寝ていたお母様が飛び起きた。目に涙を浮かべてお母様を見るとお母様はみるみる目を見開いていったわ。蝋燭の小さな明かりでは顔色までは見えないけどきっと怒りで真っ赤にしていと思うの。
「トリスタン様! 何をなさっているのですかっ! その手はなんですのっ! ダリアナを離してくださいませっ!」
お母様が侯爵夫人らしからぬ大声で怒鳴る。
叔父様の手は私の寝間着の中に入ったままだった。
お母様の声ですぐに来た使用人たちも小さく悲鳴をあげたり唖然としたり肘をつつきあってひそひそと話したりしてこの状況が異常だと表していた。お祖父様も起こされたようで後から駆けつける。
七歳の私のベッドは四人から五人寝れそうなくらい広いものだった。私はお父様が病気になる前はその広いベッドでお父様とお母様と三人で寝ることも多かったのだ。
「十歳になったらベッドを小さくしましょうね。お姉さんベッドにするのよ」
残念ながら叶わなかったけどお母様とそんな約束をしていた。
お父様が生きていらした頃にはこの館に近寄らなかったトリスタン叔父様はそれも知らず大きなベッドなので私の隣でお母様が寝ていることをわからなかったようだ。
朝になりお祖父様からお話があった。
「トリスタンがすまなかった。だが、今のワシにはトリスタンしか残っておらん。手切れ金は弾む。悪いが黙って手を引いてくれ」
お祖父様は大変古い考えで『男』しか認めないような人だった。孫であるわたくしさえも認めてくださらなかった。
私とお母様はお父様が亡くなって一月もしないのにお母様の実家であるゲラティル子爵家に大金を持って帰ることになったわ。
私はダリアナ・ゲラティルになった。姓はあるが爵位はつかない。
お母様の兄であるガーリー伯父様がすでに子爵を継いでいて奥様もいて奥様であるペイジ義伯母様は妊娠中らしい。私達にはお祖父様たちが使っていた別宅があてがわれお祖父様とお祖母様はよい機会だと言って領地の端にある別荘地へ引っ越して行ったのだと聞かされたわ。お祖父様お祖母様からお小遣いをもらえなくて残念だと思った。
別宅での生活を始めた私とお母様はメイドにも内緒で私の不思議な力について調べてみようとしたのだけどガーリー伯父様にもペイジ義伯母様にも使用人たちにも触ってみたけど何も浮かばなかった。
どうやら私に何か大きな影響がないと浮かばないのかもしれないと考えたわ。考えたのはお母様だけど、ね。私には難しいことはわからないもの。
でも絶対に私に影響するお母様には対してはいつ触れても何も浮かばない。お母様は『きっとあなたと一心同体なのよ』と言っていた。なるほど。
それにしても見たい人を自分で決められないって思っているより不便だわ。
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