公爵子息である僕の悪夢は現実になってしまうが全力で拒否します〜幼少期編

第7話 伯爵夫人

　ダリアナ嬢に教養がないと感じた僕は心がけていつものように読んだ本の話や季節の話などをした。

　思った通りそれらの話に乗ってこないダリアナ嬢が時々話しかけてくるが流行りのドレスの形やダリアナ嬢の友達が持っていたという扇の話だった。

　それらについて僕は全く興味はないしクララもお母上が亡くなった後はそういう買い物をした様子はないのでダリアナ嬢がする話は盛り上がることはない。

　紳士としてはそれを表に出すことはマナーに反するのかもしれないが最初にダリアナ嬢を『馴れ馴れしく図々しくて淑女ではない』と感じてしまった僕は紳士的であるつもりは一切ない。

　クララがキョロキョロと何度も僕とダリアナ嬢を見比べている。話の合わなさに戸惑っているのだろう。僕が興味がない話だと表していることがクララには伝わってもダリアナ嬢には伝わらないようだ。

　なんとも複雑怪奇な時間が流れる。

　こうして不可思議なお茶会をしていたのだがしばらくするとマクナイト伯爵夫人がやってきた。

「はじめまして。ボブバージル様。ダリアナの母でございます」

　歩きながら話かけてくる伯爵夫人はダリアナ嬢とは多少異なる美人であった。そして紺色の髪を引き立たせるクリーム色のドレスはこちらも型は古いがこれでもかと豪華なものである。

『下品ね』

　ここにはいない母上の声が聞こえた気がした。

　だがそれよりも気になることがある。

　『ダリアナの母』はおかしい。

　今はクララの母でもあるはずなのにきっとそんな気もないのだろう。

『クララは将来、僕と幸せになるのだから今は我慢だ』

　僕は懸命に自分に言い聞かせる。

『それにしても立ち止まって挨拶するは貴族なら五歳児でも知っていると思っていた。伯爵夫人の出自を知りたいな』

　僕の考えを知る由もないマクナイト伯爵夫人が妖しく微笑む。きっとその微笑みは称賛されてきたのだろう。

『街で男にしなだれている女性みたいだ。僕はクララのお母上様を知っているけどマクナイト伯爵様はこのような人がお好みだったのかな？』

　そして伯爵夫人は僕の挨拶も待たず予想のはるか上を行く発言をした。

「クラリッサ。少しお話があるの。お部屋に来てもらえるかしら？」

「え？」

　クララは咄嗟に僕の顔を見た。

　『クララのお客』が来ているのに呼び出しをすることはお客に対して失礼極まりない行為だという常識さえも知らないようだ。

『教養がないかもとは思ったけどこれほどまでとは…』

　奥歯をギリリと噛む。

　常識を弁えているクララは席を外す無礼を気にしている。

伯爵夫人は僕に一言も話しかけられていないことにも気が付かないほどここからクララを連れ出したいらしい。戸惑っているクララを見てほくそ笑んでいる。

「クララ。構わないよ。僕はそろそろ失礼しよう」

　僕はクララにだけ笑顔を向けた。伯爵夫人は頬を引きつかせる。

『あ…頬の引くつかせ方は親子で似てるかも』

　僕は笑いをこらていて伯爵夫人に隙を与えてしまった。僕はすぐさま立ち上がり玄関へ向かうべきだったのだ。

「いえ、お時間はかかりませんわ。

そうだわっ！　ダリアナ。ボブバージル様のお相手をしっかりしてちょうだいな」

「わかりましたわ。お母様。

ボブバージル様。お庭へ参りましょう」

　僕の意見など聞かず二人で話を進めていくなんて本当に図々しい親子だ。

　しかし僕は公爵家の者とはいえまだ子供だからマクナイト伯爵夫人からの言葉だと理由なく断る訳にもいかないし変に断るとクララの立場も悪るくなりそうだ。

「あ、ああ……。

クララ。待ってるよ。後で二人で話をしよう」

「ジル。……わかったわ。後でね」

　マクナイト伯爵夫人の後ろにクララがついていき温室を出て行った。

　ダリアナ嬢が僕の腕を取ろうとしたので何も気が付かないふりでサッと避けた。

　散歩に連れ出された僕は腕は組まないものの話は上の空の空返事で頷くだけ決して笑顔はない。しかしその天使はそんなことは全く気にせず一人でしゃべり一人で笑い笑う度に僕に絡みつこうとする。

　僕はそれを避け続けた。

「このお花はわたくしが植えさせたのですよ。お義姉様は全くお庭に興味がないようですの。淑女らしくありませんでしょう？

ですからわたくしのお庭にしようと思いますのよ。きっとボブバージル様にもお気に召していただけるわ」

　その言葉を聞いたら目眩がして少しグラついた。そうだ！　夢でもそんなことを言っていた……。まさか……。

　しかしクララは決して庭に興味がないわけじゃない。お母上様のことがあって離れていただけだ。

　最近になって僕に庭師との話もしてくれるようになった。そうやって少しずつお母上様のいた空間といない現実の折り合いをつけていっている途中なのだ。それを邪魔してほしくない。

　そうは思うが夢での言葉が頭に流れこんできて強く抗うことができない。

「まあ、ボブバージル様。お疲れですの？　お義姉様のお話って難しいことばかりで疲れてしまいますわよね。わたくしのお話ならきっと楽しんでもらえますわ。ふふふ」

　僕は東屋に連れて行かれた。

　歩く道筋が夢と被る。

　話の内容が夢と被る。

　天使の笑顔が夢と被る。

　とても気持ち悪かった。

　さらに足元がおぼつかなくなる。

「大丈夫ですか？」

　天使が僕の手を握りしめてきたがさりげなく振り払い自分の右目を覆うように顔を隠す。

　メイドがお茶を持ってくる。メイドはクララと僕だけのときより幾分笑顔な気がする。

　ゆっくりなどしたくはないが頭痛がひどくて動けない。

『クララが来たらクララで癒やされよう』

　そう思って我慢したがその後でクララが来ることはなかった。

　約束の時間になってもクララは現れず僕は家へ戻った。