第6話 逆手
「はじめまして。マクナイト伯爵家が次女ダリアナでございます。わたくしもジル様とお呼びしてもよろしくて?」
小首を傾げてお願いする様は何もなければ頬を染める男は多いのだろう。
しかし、夢と現実との相似と相違に戸惑いなんとも言えない苛つきが消えない僕には媚びているようにしか見えなかった。
『髪の動きや目線の位置や瞬きの回数まで計算していそうだ』
僕はゲンナリとした気分だったが自分に気合を入れてダリアナへの拒絶の気持ちを表に出すためにわざと乱暴に座った。
『ガッタン!』
「ギャレット公爵家次男のボブバージルだ。初対面で愛称呼びを許すような教育は受けていない。それにジル呼びはクララにしか許していないものだ。配慮してほしいものだ」
まずは、ジル呼びに対しての抗議と教養が無いのか無頓着なのか図々しいのかを判断するために嫌味を乗せたつもりだ。
『初対面で馴れ馴れしい。それだけ自分に自信があるのか? 嫌味が通じていないように見える』
瞬きを何度もしてこちらを見ている。
一方、僕がクララに見せたことのない態度をしたためびっくりしていたクララだったが、クララだけの呼び名だと僕がはっきりと言ったので少し顔を赤らめて俯いた姿は可愛らしいなと思った。
『嫌味が通じないなら追い打ちだ』
「クララ。そうだよね? 僕の名前を呼んでくれる?」
「ジ…ル」
顔を真っ赤にさせて消え入りそうな声のクララはことさら可愛らしかった。
「ふふふ。クララ。ありがとう」
「……そうですのね。わかりましたわ……」
僕たちのラブラブが伝わったようでダリアナ嬢の頬が引き攣った。
『僕たちの互いへの気持ちを知って苛つくなんて僕が自分になら靡くと自信があるってことだろう。僕が受け入れる態度をすれば増長しそうだな』
僕は目の端でダリアナ嬢の様子を観察していた。
「ジル? 大丈夫?」
目線は合っているのに合わないという状況に違和感を覚えたクララは僕の膝に手を置いた。
「大丈夫なんでもないよ」
目をしっかりと見て答えたらクララが優しく笑った。
『クララにこういう心配をさせるなんて僕はまだ甘いよね。母上から社交術を学ばなきゃ』
親子で出席する茶会へ行った夜、母上から子どもたちだけで話したはずの話題について確認されることがある。
「母上は隣のテーブルで話題の中心でしたよね?」
「ええ。そうよ。それがどうしたの?」
「ご婦人方と歓談なさっていたはずなのになぜ僕たちの話をご存知なのですか?」
「それはそちらにも神経を研ぎ澄ましているからよ」
僕がぽかんと口を開くと母上は嬉しそうに笑う。
「訓練次第よ。社交術には必要だから頑張ってみなさいな」
母上だったらクララを不安にさせることなくダリアナ嬢の様子もしっかりと確認できるに違いない。
僕にはまだ難しいのでクララに向けた笑顔を首を回転させてゆっくりと真顔に戻してダリアナ嬢に改めて視線を向けた。
『露骨に拗ねた顔をしている…。淑女としての教養もないのかもしれない。普通年齢にそぐわない教養の貴族子女は隠されるものなのに…。もしかしたら伯爵夫人にも教養がないのかもしれないな』
拗ねたような顔をしたダリアナ嬢だが一度肩を上下させて切り替えたようだ。
「わたくしもお茶をご一緒してよろしいかしら?」
先程の失礼な発言の後にこれを言えるのも感心するほどの図々しさであるが僕としてはさすがに初日でこれは拒否できない。
「どうぞ」
僕はなんとなく夢のようになりたくなかった。
わざと立ち上がりクララの隣の椅子を引いてダリアナ嬢をその席へ誘導した。ダリアナ嬢が座るのを確認すると僕は先程の椅子へ戻る。
三人なのに丸テーブルの半分を使うという奇妙な着席位置。これは椅子を一つ片付けておかなかったメイドに感謝だ。
『口調といい態度といいテーブルセッティングといいメイドも教養があるように見えない。そんなメイドを雇うなんて…やっぱり伯爵夫人は…』
とにかく僕は夢とは違う着席位置になり心も頭もだいぶ軽くなったように感じている。
僕が見た夢ではクララとダリアナ嬢が僕を挟んで座っていてダリアナ嬢はことあるごとに僕に触ってきていた。夢の中でさえもとても気持ち悪かったのだから実際になどされたくはない。だからここではダリアナ嬢を誘導して僕とダリアナ嬢でクララを挟んで座る形にした。
『夢の中の僕は喜んでいるような素振りだったけどね』
夢の中のことは自分にさえ嫌悪感を持つがこうして逆手に取れるのなら悪いことばかりではなさそうだ。
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