第5話 天使
クララはとても悲しんでいた。僕もすごく悲しかったけどクララを慰めるのは僕しかいないと思った僕はできる限り伯爵様の家へ行きクララの隣にいるようにした。十二歳の僕には何も上手く言えないけどクララの手を引き図書室へ行ってクララの好きな本をクララに読んであげる。お母上様のように上手くはないけれど何度も何度も読んであげるとクララは少しずつ一緒に読んでくれるようになっていった。
クララやマクナイト伯爵様が黒い服を着なくなった頃に伯爵様のお家の感じが変わったなと思っているとクララから報告があった。
「新しいお義母様がいらしたの。一つ違いの義妹もできましたのよ」
クララは家族が増えたことを喜んでいる様子なので僕も安心して何も言わなかった。
クララから新しい家族の話を聞いた日から数週間後の夜のことだ。
十三歳になっていた僕は不思議な夢を見た。
一冊の本を写真付きで読んでいる……?
それともこれは演劇を見ている……?
いや、僕も出演者なのか……?
そんな不思議な夢だった。
夢の中でクララと僕がお菓子を食べながら話をしているとまるで天使のような女の子が現れる。
サラサラな銀色の髪をたなびかせて微笑みをたたえた天使は一歩一歩近づいてくる。
その天使は金の瞳で僕をじっと見て散歩に誘い僕は彼女の手を取った。
『きっと、ボブバージル様にもお気に召していただけるわ』
『わたくしのお話ならきっと楽しんでもらえますわ』
僕はとても明るい笑顔で可愛らしく話をするその天使をどんどん好きになっていく。
僕は目を覚ましガバリと起き上がった。夢が頭にまとわりついてきて意味はわからないけど頭がすごく痛かった。
汗で寝間着はぐっしょりと濡れていた。
夢なのになぜか全く忘れることがなくてとてもザワザワする。
その夢を見た日にクララの家へ遊びに行く約束をしていた僕はいつものように本を持って行けばクララが笑顔で迎えてくれて二人でメイドの後に続く。
そしていつものように応接室に向かう……
ではなく……
いつもは応接室か伯爵邸に来客があればクララの部屋だったが今日は温室に置かれたテーブルに案内された。
温室に入った瞬間に既視感に襲われ足元がグラついたがそんな情けない姿を前を歩くクララには見られずに済んでホッとする。
「え? 今日はこちらなの?」
クララも不思議そうにメイドに聞きいていて僕の心は尚更ざわめいた。
「奥様からそのように言われています」
随分と愛想のないものいいと伯爵家のメイドらしからぬ口調に改めてメイドの顔を見たが見たことが無い者でさらに悪寒がする。
「お義母様が……そうなのね……。わかりました」
クララも残念そうな疑念を持っていそうな感じで納得していないことが伝わるが何かをされたわけではないのでこれ以上抗議できる状況でもない。そのメイドはクララのその様子に気が付かないのか興味がないのか無表情でふてぶてしい態度を変えなかった。
いつものように並ぶお菓子や果実水。でも今日の僕はなんだかグラグラして頭痛もする。
何かおかしい。
クララとの話もなぜか頭に入ってこない。
そうして不安定な時間を過ごしていると鈴の鳴るような声が突然降ってきた。
「お義姉様。こちらにいらっしゃいましたの?」
そちらに振り返って僕はあまりの驚きに思わず立ち上がった。椅子が倒れるとメイドは苛立ちを隠そうともせず舌打ちをして僕の椅子を戻す。だけど今の僕にはそれを注意する余裕はなかった。
僕は背中に汗が伝うのを感じる。
夢に出てきたテーブル。
夢に出てきた植物たち。
そして、
夢に出てきた銀色の天使が僕たちの方へとやってくる……薄紅色のドレスは個人的な茶会にそぐわぬほど華美に装飾が施されその裾を揺らしながら微笑みをたたえて……。
「ふふふふ」
天使が優しそうな瞳で笑っているのはきっと僕が立ち上がったことを見て愉悦に浸っているのだろう。何か納得したというような……そんな笑い方。
『そうよね、気持ちはわかるわ。だってわたくしは美しいもの。わたくしに見惚れて当然よね』
天使は自信を持ってそう言っているようだった。
その微笑みをたたえたまましずしずと僕たちに近づいてくる天使から視線を外せないまま僕は額に流れる汗も拭けずに固まってしまっている。
「ジル。先日お義母様と義妹ができたって言ったでしょう。彼女がわたくしの義妹のダリアナよ。
ダリアナ。わたくしの婚約者のボブバージル様よ」
クララは当たり前のように僕らを紹介した。天使の名前はダリアナというらしい。確かに伯爵様の再婚話は聞いたが随分と前だった。今更紹介されることに違和感を覚えずにはいられない。
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