第236話 フィーア肥え太る秋(秋ではない) ⑤

「お、お……は、ハイムくん……」


 だめでした。

 おいたわしや、フィーアは空腹で限界を迎えていた。


「ハイムくんがいっぱいいる。もしやここはてんごくなのでは」

「落ち着けフィーア、見ているハイムが複数いても、俺は一人しかいないぞ」

「……さいあくだ、わたし。ハイムくんという最愛の人がいながら、別のハイムくんに浮気してしまった。ときめいちゃった……最低だよね、こんな恋人……」

「何を言っているかわからんが、反応に困る浮気をするんじゃない」


 フィーアは冷静ではなかった。

 というか別の俺に浮気……するかなぁ、フィーア。

 今見ているフィーアは俺が複数に増えた幻覚であり、どれも同じ俺だ。

 ”別のハイム”というからややこしいが、結局のところ俺でしかない。

 これが本当に別のハイムだったら……まぁ、取られないよう努力するしかないな。


「お、お昼まで後どれくらい……?」

「あと二限だ、ちょうど折り返しってところだな」

「お、おりかえし……おりかえしかぁ、あはは……」


 引きつった笑みを浮かべるフィーア。

 ここで俺は、ある意味悪魔のささやきをする。

 それは同時に、救いの手でもある。


「今ここで、少し食べるか」

「――――――――」


 フィーアの視線が、鋭く細くなる。

 いつになく真剣なフィーア。

 というか、今回のカレー事件でやたらと普段見れないフィーアの一面を見れているようなきがする。

 個人的には、割と嬉しい。


「――――食べない」

「食べないのか」


 固い意志で、フィーアは俺の提案を断った。

 正直、どっちでもよかったのと、真剣そうなフィーアに意識を向けていたため驚くことはなかったが。


「私はね、ハイムくん」

「ああ」

「一度決めたことは、絶対に曲げない主義なんだよ」

「いや、絶対楽しそうなこと最優先で、ポンポン意思を曲げるタイプだよな?」

「…………」


 フィーアは何も言わなかった。

 真剣な顔でゴリ押しをしていた。

 まぁ、楽しそう最優先はあくまで優先していい時だけだろうが。

 そこはどっちかというと、公私をきっちり分けている感じだな。

 そして私的なことにおけるフィーアは、基本わがままだ。


「とにかく、私は耐える……耐えるよ! このまま耐える!」


 というわけで、フィーアはまだまだ地獄の耐久を続けるようだ。

 そこまでして、食べるのを我慢する必要のあるものだとは俺には思えないんだけどなぁ。


 ―

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