第234話 フィーア肥え太る秋(秋ではない)③

 俺の手料理。

 さっきのカレーは、結局俺が一人で食べてしまった。

 フィーアが間に合うと思ってなかったからな。

 それでもまぁ最後のひとくちを眼の前で食べてしまうという、色々と悲しい自体にならなかったのはせめてもの幸い。

 とはいえ、それと俺の手料理が食べたいとフィーアが思うのは別の話で。

 というか、一口しか食べられなかったからこそ、更に食べたいと思うのは当然のことだろう。


「食べたい! 食べたい!」


 目をめちゃくちゃに輝かせて、満面の笑みで顔を近づけてくるフィーア。

 美少女の暴力だ、顔が良すぎる。

 とはいえ、流石にこの距離の近さも少しくらいは慣れてきた。

 今なら、正面からフィーアを見つめ返すことが……やっぱり無理ですね。


「……すまんフィーア、そこまで顔が近いと、恥ずかしい」

「え? あ、…………ああう」


 そしてフィーアも、自覚してしまうと羞恥心が湧いてくる。

 二人してそんな調子だから、話は一向に進まない。

 それでもなんとか、俺は言葉を絞り出す。


「ええと……俺は、アレだ。別に手料理といっても、作れるレパートリーなんて大したものじゃないぞ」

「それでも、食べたいものは食べたいよ! 恋人の手料理だよ! わかる!?」

「それは……わかりすぎるくらいわかるが」


 というか、日常で体験してるから納得しかないが。


「というか……ほんとにレパートリーというレパートリーがないな……カレー以外だと、野菜と肉を炒めるくらいしか……」

「野菜炒め! いいよね、母様の野菜炒めは好きだよ!」

「師匠の野菜炒めは、本当に炒めただけじゃないか……?」


 フィーアの母親で、俺の師匠。

 将姫アストラとも呼ばれる、この国有数の剣士。

 彼女は基本的に何でもできる人だ、料理でも剣でも。

 ただ、何故か野菜炒めとなるととにかく雑になる。

 というか、雑に作る料理を作らせると本当に雑だ。

 それこそカレーなら、じっくり煮込んで具の柔らかさとかも完璧なのに。


「母様の料理は、所要時間に美味しさが比例するから……こほん」


 なんて、苦笑するフィーアはそれた話を咳払いで戻す。

 どこかあるわざとらしさが、逆にちょっとあざとくて可愛い。


「とにかく、第三王女ステラフィアとして命じます、手料理を作ること!」

「王女としての特権を行使してまで食べたいのか……」

「食べたい!」


 人気のない場所とはいえ、人が来ないとは限らない。

 なので、気配をわざわざ魔術で探知してからフィーアは俺に王女として命令を出すのだった。


 ―

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