第230話 たとえそれでも(終)

「――たとえ、それでも」


 俺は、口を開く。


「フィーアは残る」

「……残る?」

「そうだ、確かにフィーアはいなくなってしまうかもしれないけど。その足跡は絶対に消えない」


 学園に、周囲の人々に。

 そして、俺に。


「刻まれたものは、残り続ける」

「……」

「何より、に」

「私、自身に」


 ステラフィア・マギパステルにフィーアは残る。

 マギパステル王家は、王族の身分を偽って学生生活を送らせてきた。

 そんなことしなくたって、学生生活くらいなら送れるだろうに。


 それをしなかったのは、敢えて身分を偽ったのは。

 何かを残すためではないかと、俺は思うのだ。


「身分を偽ることが大事なんじゃない、自分じゃない何かを残すことが大事なんじゃないか?」

「自分以外の何か……私は、私のつもりなんだけど」

「それでも、他人との関係性はぜんぜん違うものになっただろ?」


 少なくとも、フィーアがフィーアじゃなかったら。

 グオリエはあんなふうに横暴な振る舞いをしなかったはずだ。

 バイトなんて、到底できなかったはずだ。


「良くも悪くも、ステラフィアとはぜんぜん違う人生を、今のフィーアは歩んでいる」

「そうして歩いたものは、私の中に必ず残る?」


 ああ、と頷いた。


「……そっか、そうやって私は……何かを残さなきゃいけないんだね?」

「義務……ではないと思うけどな。でも、残るものは必ずある。残そうとしなくても」

「例えば……出会い、とか?」


 そう言って、こちらを覗き込むようにフィーアは言う。

 ……それは、そうだ。

 人は必ず人と出会う。

 どうあったって、世界には自分以外の誰かがいるのだから。

 そうした時、何かは必ず残る。

 残った何かが、自分になる。


「少なくとも……私がハイムくんとこういう形で出会えたのは、私がフィーアだったから」

「……そうだな」


 あの資料室で、フィーアがステラフィアであると知って。

 今に至るには、フィーアがフィーアでなくてはならなかった。


「だったら私、フィーアでよかった」


 華やぐような笑みで、フィーアは言った。

 幸せそうに、幸せを願って。


 そうして俺はぽつりと、



「――これからも、よろしくな。フィーア」

「……うん、よろしくね、ハイムくん」



 そう、伝える。

 フィーアも、同じように返した。

 そうして、しばらく沈黙して。

 俺は、フィーアを抱き寄せる。


 自然とそうすべきだと思ったから。

 フィーアもそれを受け入れて、少しだけ恥ずかしそうに目を閉じた。


 俺は平民で、フィーアの正体はお姫様だ。

 障害は多く、恋路は険しい。

 たとえ、それでも。



 俺達は、進んでいく。



 そして夜空は、重なった二つの影を見下ろしていた。



 ――



 以上になります。

 お読み頂きありがとうございました。

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