第224話 師匠と母親④

 剣士というのは、誰が一番強いのかを決めたがるフシがある。

 カミア皇女も、ラーゲンディア殿下も、俺と勝負した理由にそれがなかったかといえば否になるだろう。

 そして今、この国に並び立つ最強のうち一人。

 将姫アストラ――師匠が、俺に勝負を挑んでいる。


「まぁ、別に構わないけど……」

「よしきた、んじゃ早速決闘魔術を」

「あはは……ごめんね? ハイムくん、こうなるとお母様止まらないから……」


 こういう時、フィーアが止めてくれることを期待したいのだが。

 フィーアも剣士、師匠の気持ちが理解できるのだろう。

 力こそパワー思考はこの国でも根強いな。


「……いや、決闘魔術は使わないでやりたい」

「おいおい、それだとハイムがこっそり身体強化魔術を使って勝つだろ?」

「身体強化魔術は使わない、保証するよ、師匠」

「……解った」


 そう言って、お互いに剣を構える。

 ルールは剣を手放したほうが負け。

 殿下のときと同じ、最もシンプルなルールだ。


「え、ハイムくん? 身体強化魔術を使わないとハイムくんは師匠に勝てないよね?」

「そうだな」

「まさか、身体強化以外の魔術を使うつもり? 無茶だよ、身体強化以外の魔術は使もん」


 フィーアの言う通りだ。

 一般的に、魔術は詠唱しないと使えない。

 短くはできても、無詠唱では無理だ。

 唯一の例外は身体強化魔術。

 というか、身体に作用する魔術だ。

 治癒魔術なんかも無詠唱で使える。

 これは、マナを体内に取り込むからできること。

 要するに、マナを体内に取り込まない魔術は、無詠唱では使えないのだ。


「まぁ……見てなって!」


 そう言って、俺は飛び出す。

 剣を構えて、振りかぶって。

 基本に忠実な構え、師匠に教わった構えだ。


「どうするつもりか知らないけど、甘いねハイム」

「やってみないと、解らないさ!」


 師匠も剣を構えて、それを迎え撃つ。

 素人目に見てもわかる隙の無さだ。

 一瞬、俺の思考に剣を弾かれて敗北する光景がよぎる。

 どこを攻撃しようとしても、そうなるのだ。


 圧倒的な強者は、戦う前から敗北を悟らせることで戦うことなく勝利するという。

 師匠の剣は、まさにそれ。

 殿下も、カミア皇女も、そんなことはできなかった。

 まさに、最強。

 この人こそが、この国一番の剣士なのだ。


 強さだけで、平民から国の将軍にまで上り詰めた。

 その強さは、間違いなく本物だ。

 だからこそ。


「俺は……としてそれに勝つ!」


 直後。



 師匠の足に、樹木が巻き付いて態勢を崩させた。



「……無詠唱魔術!」


 使う気配の見えなかった魔術。

 それによって足を取られた師匠。

 俺は剣を振りかぶり、その隙を――


「甘い!」


 突こうとしたが、剣を弾かれる。

 この人……態勢を崩した状態でも俺の剣に対処するのか!?

 思わず目を見開いて、けれども俺はなんとか剣を手放さないようにする。

 樹木を生み出して、剣を腕に巻き付かせたのだ。

 強引に、負けていない状況を作る。

 そして、


「剣士としては到底及ばなくても――!」


 俺は、同じように樹木で師匠の手にある剣を弾く。

 無理な態勢でふるった剣、踏ん張ることは不可能で、師匠は剣を弾き飛ばされ……敗北した。

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