第220話 対決⑫
崩れ去る魔物の中から、グオリエが姿を見せる。
そのまま倒れ込んだ奴は、しばらく呻きながらも意識を覚醒させる。
「お、れ……ぼ、く……は……」
意識が混濁しているようで、一人称も安定しない。
あの剣に込められた魔術によって、記憶は失われているはずだ。
しかし、だからこそ記憶を消した後の歪んだ自分も、今のグオリエにとってはグオリエだろう。
一人称が混線するのも無理はない。
グオリエを起こす者はその場にはいなかった。
というより、すぐに奴を起こすものが現れるから、その人に任せようということになったのだ。
「グオリエ!」
そして、ホーキンス殿が慌てた様子でやってきた。
そのまま、急ぎグオリエを抱き起こす。
そりゃあそうだ、結局ホーキンス殿にとってどれだけ迷惑をかけられてもグオリエは弟なのだから。
「あに……うえ……」
「意識はしっかりしているか? 今、自分がどうなっているか解っているか?」
「わかり……ません……おれは……どうして……」
そのまま、ホーキンス殿はグオリエの状態を確かめる。
記憶を消す魔術は、呪本に関わる記憶を全て消した。
だから、多くの場合はその記憶は幼少期のものであり、現在に至る学園時代のグオリエに関してはほとんどが記憶として残ったままだ。
正直、幼少期の記憶なんて元から忘れやすいもの。
今のグオリエに、記憶が失われたなんて実感はなかっただろう。
ただ、
「……なぜ、おれは……あのような乱暴な振る舞いを……」
精神が歪んだ原因、乱暴に振る舞っていた根本的な理由が取り除かれた今。
グオリエにとって、学園時代の記憶は理解できないものになっているはずだ。
グオリエの精神が理性的なものになったわけではない。
「あのような……行動をする度胸が……」
もとは内向的だったグオリエにとって、あのような行動を取る胆力が今のグオリエにはないということ。
そして、奴は気がついた。
「あ、フィーア……ハイム……」
フィーアと、そして俺に。
呪本の力によって、先程までのグオリエはフィーアがステラフィアであるということを理解していた。
だが、今は違うだろう。
理解していた記憶ごと、認識阻害魔術を見破る力も失われているはずだ。
それでも、グオリエがフィーアに執着していたことには変わらない。
そして今も、決してその執着が完全に消えたわけではないだろう。
だから、奴は――フィーアにいい顔がしたい。
「フィーア……俺は……」
「グオリエ」
謝罪しようとしたのだ、フィーアに。
だが、俺はそれをとめた。
「ハイムくん?」
「……それ以上はダメだ、グオリエ」
首を傾げるフィーアの前に立って、かばうようにグオリエを制する。
すると、グオリエが大きく目を見開いて。
「あ、ああ……!!」
そのことに気がついたようだ。
もしここでフィーアに謝罪したら、フィーアはそれを許してしまうだろう。
本音がどうあれ、全てが丸く収まった場で、ワガママを言うタイプではない。
たとえそれが、誰の目から見てもワガママではなかったとしても。
だから俺がグオリエを静止したら、グオリエもそのことを理解した。
どうやら、多少なりともグオリエにだって、フィーアに対する理解はあったようだ。
それでも、身勝手なことをするのがグオリエという男のようだが。
何にせよ、グオリエはホーキンス殿に連れられて、その場を離れていった。
全てに決着が……着いたのだ。
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