第199話 準備⑥

 連れてこられたのは、城下が一望できるバルコニーだった。

 よかった……自室とかじゃなかった。

 流石に自室に連れ込んだりとかしたら、フィーアがからかわれるで済まなくなるだろうから、当然といえば当然なんだが。


「ここ、本来なら王族に許可された人じゃないと入っちゃいけないの」

「……実質、王族だけがここに入れるってことか。……いいのか?」

「私が許可します! 王族ですから!」


 えへん、と胸を張るフィーア。

 ともあれ、ここは王族の人間が市井の姿を見るための場所だそうで。

 たしかに、一望できる城下からは人々の生活を垣間見ることができる。


「すごい場所だな」

「ここは……私が王城で一番好きな場所なんだ」


 確かに、フィーアならここから城下を眺めて、その生活に思いを馳せたりするだろう。

 師匠が母親ということもあってか、庶民的な生活へのあこがれは王族の誰よりも強かったはずだ。


「それだけじゃないよ? 私が内向的だったころは、よくここで一人になってたの」

「どうしてだ?」

「ここなら、私は何者にでもなれる気がしたから」


 そういって、フィーアはバルコニーでくるりと回る。

 王城を一瞥してから、城下の方を見た。


「私は王族だけど、平民の妾の子。貴族でもあるし、平民でもある。そんな私が誰でもない誰かになれるとしたら、その両方があるこの場所だけだったから」

「……」

「それにね、私って中途半端なの。魔術も、貴族としての礼節も、そこそこ止まり。剣の才能は少しあるけど、それだってお兄様やカミアほどじゃない」


 中途半端。

 それは、フィーアがコンプレックスを抱くもう一つの理由でもあったんだろう。

 何者にもなれない自分。

 どれだけ周りに恵まれていても、それに応えられないという失望。

 フィーアの抱えているものが、少し見えた気がした。

 だからこそ、俺はフィーアに言う。


「……フィーアには、誰からも好かれる愛嬌があるだろ?」

「それは、ハイムくんが私を変えてくれたから」


 そう言って、手すりから城下を一瞥し、俺の方を見る。


「今の私が、自信を持って私は私だって言えるのは、ハイムくんが隣にいてくれたからなんだよ?」


 ああ、と頷く。

 フィーアは変わった。

 俺が変えた。

 そうして俺達は運命のように出会い、こうしてまた一緒にいる。

 その事を、俺は噛み締めていた。


「……この景色を見せてくれてありがとう、フィーア。俺は一足先に帰って、休むよ」

「そっか。作戦はすぐにでも決行するの?」

「ああ、ホーキンス殿が、明日の夜には間に合わせるって言っていた」

「解った。じゃあまた明日……おやすみ」


 おやすみ、と返す。

 フィーアはもう少しここにいるようだ。

 俺に背を向け、城下へと視線を向けていた。


 去り際に、振り返ってフィーアを見る。

 その姿が――髪色が金色に輝く。

 気分転換のために変化魔術を解除したのだろう。


 星空は瞬いて、月明かりがステラフィアを照らす。

 その姿を見た時――俺は考えてしまった。


 ああ、これは。

 グオリエが信仰心を抱くのも無理はない――と。


 そう、考えずにはいられなかったのだ。

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