第192話 変質⑤

『僕にとって、王女ステラフィアは神のような存在だった。神が世界に遣わした、希望のような存在だったのだ』


 グオリエは、ノートの中でそう語った。

 なぜそうまでして、グオリエはステラフィアに信仰を抱いたのか?


『内向的な性格でありながら、彼女はあらゆる人間に愛されている。それは本人の美貌と、神秘性によるものだろう。多くのものが、彼女が何もしていないにも関わらず彼女の前に跪くのだ』


 それは、何と言うか。


『僕にはわかる。彼女は僕と同じ、積極性のない人間だ。だというのに彼女は好かれている。愛されている。彼女のような人間でも、他人から愛されているのだという事実が、どれだけ僕にとって幸福であったか』


 あまりにも身勝手な、自己投影だった。

 これは、別にフィーアへ伝える必要はないだろう。

 彼女を憤慨させるだけの事実だ。

 重要なのは、ここから。


『だというのに、ある時、突如として彼女は普通の人間に堕ちた。普通に笑い、普通に他者と心を通わせる。そんな、つまらない人間へと変わってしまった。そのことに僕が絶望した時、それは現れた』


 ――すなわち、呪本。

 グオリエの身勝手な自己投影が裏切られた時、その絶望が呪本を引き寄せた。

 かくして呪本に適合したグオリエだったが、そこで奴は意外な行動を取る。


「――拒否したんだよ。呪本によって発生した衝動を」

「え? ……なんで?」

「信仰心だ。王女ステラフィアに対する信仰心を、たとえ裏切られたのだとしても捨てられなかったんだとか」


 結果、グオリエはステラフィアを敬愛するあまり、呪本の暴力性を拒絶しようとする。

 ステラフィアが、そんなこと望むはずがない……と。

 随分と勝手な信仰心だが、結果として本来ならマナを体内に宿し、それによって傲慢になるはずだったグオリエは、しかしそうはならなかった。

 とはいえ、それでも呪本に適合してしまったことには変わらない。

 呪本に適合した時点で、適合者は周囲に多大な被害をもたらす。

 今は衝動を拒絶できていても、何れはその衝動に飲まれるかも知れない。


「だから、グオリエは一計を案じた。自分の本来の感情……記憶を、呪本のマナを使って”封印”したんだ」


 するとどうなるか。

 記憶を失ったグオリエは、呪本に自分が適合したという事実を忘れる。

 後に残るのは、呪本のマナによって歪んだ精神と、呪本の存在を知らないまま日々を過ごす自分。


 つまり俺達が知るグオリエは――呪本によって精神を歪めたまま、それを知らずに日々を過ごしていたグオリエ……なのだそうだ。

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