第180話 通り魔⑧

 ホーキンス殿が直接やってくるのは驚きだったが。

 流石に、弟の不始末だ。

 責任を感じるのも無理はない。

 どちらかというと驚いているのは、そのために諸々の準備を数日で終わらせたことだな。

 忙しい立場だろうに。


「グオリエ、とまれ!」


 剣を向けながら、俺をかばうように立つ。

 守る……というのもあるだろうが、純粋に俺が後衛だからだろう。

 周囲に他にも騎士がいるが、フォーメーションの中に俺が戦力として数えられてそうな配置をしている。


「兄として、お前の不始末のケリをつけに来た。これ以上、誰かを傷つけるのをやめろ」

「……アニウエ」


 グオリエは動きを止めた。

 先程までの俺を攻撃する姿勢から、警戒しながらも構えを解く。

 一瞬、グオリエが兄であるホーキンスの言葉を受け入れたように見えるだろう。


 だが、違う。


「ジャマを、スルナ」

「……」


 グオリエの敵意は変わっていない。

 つまりこれは――興が削がれたというやつだろう。


「ホーキンス殿、グオリエからマナが薄れている。このまま逃げるつもりのようだ」

「わかっているよ、ハイムくん。とはいえ……その仕組がわからない以上、止めようがない」


 グオリエの姿が、少しずつ薄くなっていく。

 ここから止めようとしても、そのスピードが上がって逃げられるだけだろう。


 これは言うなれば、大気中のマナに”潜む”能力。

 出現する時だけマナを集めて、逃げる時はマナを霧散させる。

 そうすることで、奴はどこにでも現れることができる。

 しかしそうなると、わからないことがある。


 どうして、直接フィーアの元に現れないのか。

 どうして、夜の間しか姿を見せないのか。


 もちろん、それらには色々と仮説が立てられる。

 だが、それは今話すべきことではない。

 今はグオリエから、少しでも情報を引き出すことが先決だ。


「俺には、お前が呪本にかけた願いは絶対にわからないと言ったな」

「……」


 改めて、俺が声を掛ける。

 グオリエは答えない。


「それは、俺がフィーアの恋人だからか!?」

「……」


 敵意は、変わらない。

 ただわかったことがある。

 俺に対して憎しみはあるが、フィーアとの関係でグオリエを挑発しても奴の感情に揺らぎが見えない。

 そのことが、グオリエの前に呪本が現れた原因ではないのだ。

 ――あることが、脳裏をよぎる。


「グオリエ、お前は……」


 それは、もしかしたらホーキンス殿にとっても同じだったからだろうか。


「そんなにも……僕と、ハイムくんが憎いか?」


 俺が思っていたことを、口にした。

 沈黙。

 グオリエは、まっすぐこちらを睨んだまま消えていく。

 だが、その最後。

 確かに奴は――



「ニクイ」



 そう、言った。

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