第179話 通り魔⑦

 初級魔術の上級化で効果がないということは、中級魔術の上級化でもそこまで効果はないだろう。

 やってもいいが、中級魔術の上級化は集中力が必要。

 タイマンで放つにはいささかリスクが有る。

 今回は騎士が駆けつけることになっている以上、無理に勝負を急ぐことはない。


 俺はこの戦闘、素直に時間稼ぎに徹することとした。


 幸いグオリエの動きは俊敏だが対応できないほどではない。

 このまま数分戦闘する程度なら、何の問題もないと判断する。

 ならば、この戦闘で俺が気にかけるべきは――情報だ。


「グオリエ、何を考えている!?」


 光を放ちながら、グオリエに問う。

 奴には意思疎通能力がある。

 なら、俺の言葉もきちんと届いているはずだ。


「……」


 だが、答えはない。

 ならば多少危険だが、ここはこれしかないだろう。


「そんなに、俺にフィーアを取られたことが許せなかったか?」


 挑発。

 かつてのグオリエなら、絶対に無視できないポイントだ。 

 だが……


「……」


 グオリエは何も言わない。

 まさか、そんな忍耐能力が奴にあったのか?

 いやあったとしても、呪本を手にしながら衝動を抑えることなんてできない。


「つまり、今のお前の状態は明確におかしいというわけだ」

「……ハイム」


 呪本の効果で、精神に異常をきたしている。

 それは間違いない。

 そのうえで、こうして俺の前に現れた以上、かつての記憶もグオリエにはあるだろう。


「俺の名を呼んだか? ようやく反応する気になったか? だったら答えてみろよ、お前は呪本に何を願った!?」


 いいながら、再び光魔術を初級の上級化で放つ。

 効果はないとわかってはいる。

 だが、露骨にグオリエが嫌な顔をする以上、挑発にはぴったりだ。

 どうせ、今のグオリエでは回避できないしな。


 そう思って、魔術を放つ。


「……オマエには」


 しかし、グオリエは予想外の行動に出た。

 攻撃を耐えるのではなく、無視してこちらに突っ込んできたのだ。

 大きな魔術を使ったことで、俺には若干の隙がある。

 とはいえ――


「対処できないほどではないがな!」


 杖でグオリエの攻撃を受け止める。

 両者が拮抗した。

 間近に、影のグオリエの顔がある。

 怪物の如く、その表情は歪んでいる。

 陰の中に白いくぼみのような口と目があるだけだ。


 そこから、声がする。


「ゼッタイに、ワカラナイ」


 直後、グオリエが力を込める。

 しかし俺が反撃に光魔術を放ったことで、奴は大きく距離を取った。


「俺には絶対に解らない……?」


 それは、侮蔑にも似た感情を伴っていた。

 だが、俺に対して敵意を向けるかつてのグオリエとは、質が違う。

 一体……どういう?


 とはいえ、考えは一旦打ち切られることになる。



「そこまでだ!」



 騎士を伴って、ホーキンス殿が直接現場に現れた。

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