第176話 通り魔④
「それじゃあ、今日は失礼します」
「気を付けて帰るんだよ」
主人に挨拶して、工房を後にする。
空はまだ明るいが、太陽は沈もうとしている。
もうすぐ夜になる、夕焼けが眩しい時間帯だ。
人通りはまだ多い。
何なら、学生の姿だってあるくらいだ。
それとなくホーム等で、夜は外出しないよう言われているものの。
この時間なら大丈夫だろうと考えるのは学生の性か。
ともあれ、その状態でしばらく街を歩く。
周囲に人がいることもあってか、特に変わったことはない。
強いて言うなら物取りが出たという声が遠くから聞こえてきた程度だが、今日に物取りをするなんて運のないことだ。
兵士にしょっぴかれていったらしい。
しばらくそうしてから、俺は人気のないところに歩を進める。
人通りの多い場所から、少し少ない場所へ。
だんだんと周りの人が少なくなっていって、最終的に人のいない裏通りまで俺は歩いた。
今のところ、変化はない。
だが、意識を集中して周囲を観察すると、そこが”おかしな”場所であることが解る。
マナの動きが普通ではないのだ。
周囲のマナが一箇所に集まっている。
そしてそれが、形を為そうとしている。
「……やっぱり、呪本に適合したんだな?」
それは、影を作った。
人の影、体格からして男のものだ。
けれどもその顔は、明らかに人とは思えない相貌をしている。
そもそも影に顔があることのほうがおかしいのだ。
怪物、そう呼ぶしかないものだった。
「……グオリエ」
だが、同時に。
俺は一目でそいつが、グオリエであることがわかった。
不思議なものだ、アレだけ顔を合わせたくないと思っていたのに。
見れば、わかってしまうのだ。
「…………ム」
声がした。
「ハイ……ム」
グオリエの声だ。
どこか霞がかったような、おかしな感じだが。
間違いなく、奴の声だ。
懐かしいとも思わないが、それでも聞き間違えることはない。
「その姿、凶暴化して半月以上経ったにしては、変化がおとなしすぎる」
「……ハイム」
「かといって、身体にマナを埋め込まれたなら、そんなふうに冷静に俺の名前は呼べないよな」
杖を構える。
すでに合図は送った、間もなく騎士はここに駆けつけるだろう。
しかし、それより先に俺は直接こいつと話がしたかった。
何せ、グオリエが呪本に適応してここまで被害がないのなら。
それは何と言うか、グオリエらしくないからだ。
悪い意味で、お前はそんなやつじゃないだろう?
「――今のお前は、なんだ?」
お前に、呪本はどんな適合の仕方をしたんだ?
なぜそんなにも落ち着いた様子で――俺に飛びかかってくるんだ、お前は。
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