第172話 呪本⑤

「グオリエが呪本に適合した可能性……かぁ」

「何も無いところから突然失踪して、今も足取りを掴めていない。ありえない話じゃないよな?」

「んー、そうだねぇ。本当に困ったやつだな……あいつ」


 困ったやつ……で済ませていいのかはわからないが。

 ともかく、講義が終わった後俺達は食堂で先ほどの講義について話をしていた。

 今は昼休憩中、フィーアの眼の前には大量の食事がドンと積み上げられている。

 どうも、ストレスが溜まっているフィーアは暴食に走っているらしい。

 それでいて一切体型が変わらないのは、暴食の他に身体を動かすことでストレスを発散しているからか、はたまた単純に太らない体質だからか。


 話題に上がっているのは、先ほど講義中に少し考えたグオリエの前に呪本が現れたのではないかという話。


「ただ、それだと少し不思議だよね。呪本に適合したのに半月も潜伏したままって」

「そうだな……普通、呪本に適合したら暴走するにしろ、マナを体内に埋め込まれるにしろ、半月も消息が知れないことは普通ない」


 前者は言うに及ばず。

 後者に関しても、いくら万能に近い力を手に入れたとして、それを隠し持ったまま行動できるほど歪んだ精神は冷静でいられない。

 必ずどこかで、手に入れた力を見せびらかしたくなるのだ。


「もちろん、呪本にはその二つ以外のパターンがあることはわかってるけど……ただでさえ乱暴者のグオリエが、呪本を手に入れて我慢できるとは思えない」

「元々呪本は、精神的に追い詰められた人間の元に現れる。グオリエに限らず、今の自分の状況を変えるために呪本を使わないってことはありえないよな」

「それに……」


 そこで、勢いよく料理を口に運ぶフィーア。

 もぐもぐと少しの間口の中で料理を咀嚼して。


「……騎士団だって、グオリエが呪本に適合した可能性を考えてないとは思えない」

「そりゃそうだ。聞いた状況からして、呪本に適合したっていうのはかなりあり得る話だからな」


 ラーゲンディア殿下を始め。

 多くの騎士団の人間があの時視察にやってきたのは、それを警戒したからだろう。

 捜査の機密に関わることだから、俺達に詳しいことを話さなかったけれど。

 もし、呪本に適合したグオリエが最速で目的――フィーアを手に入れたり、俺を攻撃しようとするなどの――を果たそうとした場合。

 襲撃は、視察とほぼ同時期のタイミングになるはずだ。


「それがなかったとして、考えられる可能性は――」

「可能性は?」

「グオリエが適合した呪本の効果が、相当特殊だった場合、だな」

「それ、話がそれ以上広がらない奴じゃーん」


 だなぁ、と頷く。

 一番ありえそうな可能性だが、だからこそ可能性として範囲が広すぎて予測の立てようがない。

 そういう結論にたどり着くほかなかった。

 そんな時である。



「失礼しマース、隣、少しいいデスか?」



 そんなふうに、声をかけてくるものがいた。

 まぁ、それが誰かは振り向くまでもなく、わかりきったことだったが。

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