第171話 呪本④
「呪本は、精神的に不安定な人間の元にある日突如として現れる。これを適合者と呼ぶの。その理由、選定基準は未だ不明。スラムの孤児の前に現れたこともあれば、王位継承の争いに敗れた王子のもとに現れたこともある」
「人類の歴史の影に、呪本あり……だの」
俺の発言を、教授が一言でまとめた。
呪本は本当にある日突然現れるのだ。
現れる周期もまちまちで、数百年単位で現れなかったこともあれば、一度に七冊もばらまかれた時だってある。
後者は、大陸中がめちゃくちゃになったというから、恐ろしい話だ。
まぁ千年以上前の話なんだけど。
魔導王国すら存在しなかった時代の話である。
「最後に現れたのが、いつだったかは知っておるかの?」
「たしか四十年前……帝国に現れたんでしたよね?」
「おお、そうだの。それを、当時の帝国の皇太子と、たまたま国にやってきていた魔導王国の王子が解決した」
それが、今の帝国皇帝と、魔導王国国王フィオルディア陛下だった。
おかげで国同士の関係はもともと良好だが、帝国皇帝とフィオルディア陛下の間には密接な友誼が結ばれているとかなんとか。
「たしかおか……将姫アストラ様も、これに関わってるんでしたよね?」
「おおそうだ。国王と将姫にとってはそれが馴れ初めだったわけがが……まぁ、昔の話だの」
ともあれ、呪本の厄介なところは他にもある。
「そして、面倒なことに呪本は本ごとに効果が違う。その効果は様々だが、よくあるのは本に選ばれた適合者の思考を奪い暴れさせるもの、もしくは……フィーア、答えるのだ」
「もしくは、万能の力を与える変わりに精神を歪めてしまうもの……ですよね?」
正解だ、と教授は頷く。
思考を奪い暴れさせるものは、言ってしまえば適合者を獣に変えてしまうのだ。
獣と化した適合者は、普通の人間にはありえない膂力で暴れまわり、周囲を攻撃する。
万能の力を与えられるものは、体内に常に自由に扱えるマナが埋め込まれる変わりに、そのマナが精神を歪めてしまう。
こうなると、適合者は猜疑心と万能感のままに行動する。
言うまでもなく、厄介なのは後者の方だ。
ただし、前者も最終的に適合者を魔物のような怪物に変えてしまう。
こうなった時のスペックは前者のほうが厄介である。
総評としては早めに対処できれば前者の方が危険度は少ないが、ほうっておくと大変なことになるのは前者であるといったところか。
「そして歴史上、呪本の適合者になった人間をもとに戻せたことは――一度もない」
もとより、適合者になってしまった時点で周囲に大きな被害を齎してしまう。
そうなったら戻せたとしても、処刑等は免れないが――どちらにせよ。
戻せないというところまで含めて、呪本が呪いと呼ばれる所以だと教授はまとめた。
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