第166話 失踪

 激動の一日を終えて、俺達は学園を去ろうとしていた。

 もうすでに夜は更けていて、王女であるフィーアは城に帰らなくてはならない。

 ああいう会話を、周囲の目を気にせずできるくらい、学園に人はのこっていないのだから。


 しかし、そんな俺達の前に一人の男が現れる。

 学園の入口で、誰かを待っているようだった。


「――失礼、フィーア嬢。ハイムくん」


 彼はそう言って、こちらに有効的な声をかける。

 しかし、俺は一瞬警戒してしまった。

 黒髪の巨漢。

 その顔つきは――どことなく、”あいつ”に似ていたからだ。

 だが、フィーアはそうではない。

 すでに面識があるからだろう。

 そして、俺の警戒を拭い去るように、彼の名を口にしてくれた。


「ホーキンスさん!」


 ホーキンス。

 その名前と、あいつとの顔つきの相似。

 すぐにその正体に行き着く。

 ”黒鷹”ホーキンス・バファルスキ。

 ラーゲンディア殿下の側近にして、グオリエの兄だ。

 あいつと違って、優秀と周囲から評される――


「……はじめまして、ホーキンス殿。ご存知だとは思いますが、ハイムと言う」

「ああ、よろしくハイムくん」

「ホーキンスさんはどうしてこちらに?」


 すでに挨拶が要らない関係であるフィーアが、早速本題に入った。


「まずは……そうだな、色々と話すべきことがあって、僕も迷ってしまうが……」

「えーと、そういえばそうですね」


 考えるだけでも、三つ話題にすることがあるだろうな。

 と、俺はすぐに想像する。


「まずは、我が弟の件を謝罪させてくれ、ハイムくん。君には奴が大変迷惑をかけた」

「いえ、ホーキンス殿が謝罪することではありません、あれは、あの男が勝手にしたことです」

「あの男……か、まったく。とはいえ、そういうことなら相分かった。君の心遣いに感謝する」


 ”まったく”

 その一言に、ホーキンスの感情が垣間見えた。

 八割の憤りと、一割の申し分けなさ。

 そして罪悪感。

 そんなところだろうか。

 愚弟、と読んでも差し支えないような男に対して、それはだいぶ優しいとも思うが。

 性分なのだろうな。


「次に、ディア……殿下に勝利したこと、喜ばしく思う。おめでとう」

「……称賛していただけるのですね」

「ああ、あいつも褒めていたよ。君は”彼女”の一番弟子だと」


 それは……褒めているのか?

 なんか、殿下の苦笑いが透けて見えるのだけど。

 まぁ、師匠が問題児なのは今に始まったことではないだろう。


「そして、これが僕がわざわざここに来た……騎士団が、今日視察を行った理由だ」


 ――おそらくだが。

 殿下にとって、一番の目的は俺と顔を合わせることだっただろう。

 だが、ホーキンス殿はそうではないはずだ。

 真剣な表情から、それを読み取ることができた。

 そして、彼から語られた内容は、”何かがおきている”と察していた俺とフィーアを驚愕させるには十分なものだった。



「グオリエが、失踪した。今日はその調査に来ていたんだ」



 ――あいつとの因縁は、どうやらまだ終わっていない。

 そう、感じずにはいられなかった。

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