第165話 過去⑤
――フィーアの本は、俺が筆記魔術で写本したものだ。
しかし、不思議ではないだろうか。
筆記魔術は難易度の高い魔術だ。
それを、どうやって当時魔術を学び始めたばかりの俺が使えたのだろう。
いくら俺が天才だからって、何事も限度というものがある。
だが、結論から言って俺は筆記魔術を使えた。
というよりも、使えるようになったことが俺の天才性を周囲に知らしめる原因となったのだ。
「フィーアは、本当なら二週間くらいアインヘリアに滞在する予定だったんだ」
「もうちょっと長くない?」
「短いかも知れないな、でも重要なのはそこじゃない。突然、予定よりも早く帰ることになったんだよ」
「……あ、そういえばそいだ」
俺達の記憶は曖昧で、具体的にフィーアがそこでどれだけいる予定だったのかはわからない。
だが、予定よりも早く帰ることになったことは確実だ。
二人共、そのことは覚えてる。
「それで、俺といることが楽しくなってたフィーアは、帰りたくないって盛大にぐずったんだな」
「あはは……お母様にワガママを言ったのは、アレが私の人生で初めてで……唯一だったかも」
「ある意味、今の俺達はそんなワガママ比じゃないレベルで、国にワガママを言ってるけどな」
平民と皇族が付き合うとか。
そう言って、二人で笑い合う。
話を続けよう。
「で、俺はそれを見て、何かをしなきゃと思ったんだ。贈り物――特別なもので、長く残せるものがいいと思った。そんな時に――師匠が俺に言ったんだ。写本を作ってみないか、ってな」
「お母様が……まって、筆記魔術を覚えさせようとしたってことだよね!? 無茶じゃない!?」
「まぁ、無茶だったな。フィーアが旅立つのは次の日の朝だったんだから」
「お母様――――!?」
もちろん、師匠にそう言われた当時の俺は筆記魔術の存在すら知らなかった。
そこから一夜にして、難易度の高い魔術を覚えろという。
無茶もいいところ――だが。
結果として、それは成功する。
まぁ、その代価として俺は力尽きて眠ってしまい、フィーアに別れの言葉をかけることができなかったのだが。
たぶん、俺が当時のことを覚えていないのは、別れという1つの区切りがなかったからだろう。
後、俺が筆記魔術を習得したことが傭兵団中に知られて、天才だ何だと言われてそれどころじゃなくなったりしたからな。
「――ともかく、それの体験が、俺に魔術という才能を与えてくれたんだ」
「成功体験と……誰かのために努力する経験、か」
フィーアは、俺の経験をそうまとめる。
お互いがお互いにとって、人生を変えるような経験をした。
もう、殆ど記憶の底に埋もれてしまうくらい昔の記憶だったけれど。
それも、こうして思い出すことができた。
これを、果たしてなんと呼ぶべきだろう。
「ねぇ、ハイムくん」
ふいに、フィーアはそう言って――俺に抱きついてきた。
「うおっ、どうしたんだ?」
「んー、ふふ。これってさ」
そうして、俺を見上げたフィーアは、
「運命、みたいだよね」
俺の疑問に、最も適切な答えを、与えてくれた。
ああ、そうだ。
運命、俺達はそんな言葉によって導かれ、こうしてお互いを好き合うことができた。
かつての俺達は異性を好きになれるほどの情緒はなかったし。
再開した時には、そのことを忘れていたけれど。
今は、再び互いの道が一つになっている。
困難はまだまだ多くあるけれど、星空は、月は、俺達を祝福してくれていた――
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