第164話 過去④
俺は、アインヘリア傭兵団の下っ端の息子で、そこまで期待される立場ではなかった。
だから、そんな俺が魔術の才能を発揮して、周囲からの期待を集めるのには何かしらのキッカケが必要だったのだ。
もっと言えば、俺自身誰からも期待されない状況で、魔術に傾倒するかといえばそうではない。
もう七つになる頃には魔術を学びはじめていたから、一体それがいつの頃だったかははっきりしなかったが。
フィーアの二人で魔術を学んだという言葉で思い出した。
俺は誰かと一緒に魔術の本を読んだことが、魔術の世界にはじめて脚を踏み入れたキッカケだったのだ。
「――それが、フィーアだったんだ」
「……そっか」
たしか、当時の俺は一人でいるのが好きで。
一人で本を読むのが好きだったはずだ。
その年で文字が読める人間は希少だったが、他にいないわけではない。
当時俺を神童だなんだと言っていたのは、両親だけだったな。
「ただまぁ、俺以外の文字を読める子は他のことも優秀だったから、文字を読めるだけだった俺とは仲良くしてなかったからな。文字を読める同年代の子と仲良くなったのは、フィーアが初めてだった」
「一緒に、魔術の本を色々読んだんだよね」
お互いに、おぼろげな記憶をすり合わせていく。
そうだ、確かにそんな気がする。
それが俺の魔術に関する始まり。
「二人で魔術を学ぶのが楽しかった」
抱きしめた本に視線を下ろしながらフィーアは言う。
大事な記憶を反芻しながら、それを口に出して俺と共有する。
「私はそこで、誰かと一緒に"何かをする”のが楽しいと思った」
フィーアにとっての一番の変化。
それは他人と交流することへの意識の変化。
遠慮というコンプレックスの解消だ。
「それからなんだ、今みたいにいろんなことへ積極的に挑戦したいって思うようになったのは」
笑みを浮かべるフィーアは、俺のよく知るフィーアそのものだ。
天真爛漫で、かつての俺みたいな平民も気にかけてくれて。
気立てが良くて、可愛らしい。
王女という立場なんて関係なく、常に誰からも愛される存在。
そんな少女が、俺の隣にいる人だ。
「ハイムくんも、その時のことがキッカケだったの?」
「俺は――」
その問いに、少し考えて。
「違う」
端的に、否定した。
「……え?」
「あ、いや。フィーアとの交流がキッカケだったのは間違いない。ただ――俺が魔術へ没頭するようになったのは、一つの出来事がきっかけなんだ」
フィーアのそれは、俺との交流という経験すべてを指していて。
俺は、その中でもある特定の”事件”を指している。
「――その本だよ、それが俺を魔術の世界に導いた……本当の始まりだ」
そう言って、ぽかんとしているフィーアの手元にある本を、指さした。
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