第157話 殺意③

 ラーゲンディア殿下はすでに、俺に身体強化魔術の効果がある前提で剣を振るっている。

 言うまでもなく、身体強化なしでは俺のスピードは天と地の差があって。

 殿下の剣は、俺に届くことはなく空を切る。


「なっ――あっ!!」


 そこで初めて、殿下は顔を驚愕に歪めた。

 無意識に、その選択だけは絶対にないと切り捨てていたからだ。


 だって、そうだよな。

 殿下は剣の天才だ。

 そして、俺も魔術の天才だ。

 天才は、その才能に絶対的な自信がある。

 その自信の根源を、自分から捨てることはありえない。


 ただ一つ、殿下に誤算があるとすれば。

 俺に、凡人としての視点が備わっていたこと。

 魔術を学び、才能を開花するそれ以前。

 俺はどこにでもいる普通の少年だったのだ。


 殿下とは違う。

 王族として、王太子として、常にその才覚を発揮し続けてきた殿下とは。

 その一点だけが、決定的に違っていた。


「これで……っ!」


 ようやくさらした、殿下の致命的な隙。

 剣の素人である俺が、身体強化なしで詰みまで持っていけるくらい。

 殿下は無防備に剣を振り抜いている。


 勝利を確信して、俺は剣を振りかぶり――



「まだだ!」



 殿下は、振り抜いた剣を握る両手のうち、片方の手を離した。

 俺の方に近い手を、こちらにかざす。

 それは、つまり。

 俺の剣を、無理やり片手で受け止めるつもりだということ。

 俺が剣を弾き飛ばされるのを、身体で庇ったように。

 自分の手で、こちらの剣を受け止めるのだ。


 そうすれば、俺の剣はそこで止まってしまう。

 身体強化のない凡人の剣を、殿下が受け止められないわけがない。

 そして受け止めてしまえば、俺の手から剣を引き剥がすのも容易だ。


「ハイムくんっ!」


 俺の敗北を悟ったからだろう、立会人という立場でありながら、フィーアが声を上げる。

 自分でもそれが立会人にふさわしくないと理解っていても、俺の名を呼ばずにはいられなかったんだろう。


 だからこそ、俺は。


 手をかざした殿下を見て。



「――勝った」



 勝ちを確信し、剣を振り抜いた。


「なっ――」


 その剣は、殿

 あまりの威力に、殿下が受け止めきれなかったのだ。


「身体強化魔術の……一極集中っ!」


 そう、俺は身体強化魔術の効果を打ち切った。

 を打ち切ったのだ。

 結果、速度の落ちた俺に、殿下の剣は届かず。

 腕に残った身体強化魔術の効果で、剣を受け止めようとした殿下の腕を弾いた。


 後は、もはや抵抗するすべのない殿下の剣を、弾き飛ばすだけ。

 最後にもう一度、木剣と木剣のぶつかり合う音がして――殿下の剣は、地面に転がった。

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