第156話 殺意②

 勢いよく斬りかかる。

 ラーゲンディア殿下はそれを受け流し、後退する。

 攻める俺と、受ける殿下。

 俺の攻撃は剣ではなく殿下の首を狙っている。

 決闘のルールから考えれば、それは無駄な行動だ。

 だから、これだけ攻めても殿下への有効打はない。


 それでも、俺が殿下に肉薄する方法はこれしかない。

 一手でも相手に反撃を許してしまったら、そこで俺と殿下の差は決定的になってしまう。

 どれだけ細い勝機だろうと、勝つにはこれしかないのだ。


「――――シッ」

「ははっ! 凄まじい気迫だ!」


 俺は殆ど言葉を発する余裕がない。

 対する殿下は、どこか引いている様子もありながら、悠々と俺の剣を受け止めていた。

 このままでは、まずい。

 殿下は何れ俺が使う捨て身の剣を見切るだろう。

 先日の模擬試合で、カミア皇女がやってみせたように。


 そうなったら、こうして掴んだ”勢い”も”流れ”もすべて無意味になる。

 あっという間に俺は詰みまで持っていかれてしまうだろう。

 そうなる前に、決着をつけるしかない。


 勝算は、一つだけあった。


「そろそろ、この決闘もケリがつく頃合いだな……!」

「―――――はぁぁっ!」


 殿下が、俺の剣に剣を添えた。

 それまでの受け流す剣とは明確に違う。

 受け止めるための剣だ。

 殿下が、殺意を込めて放つ俺の剣に、対応し始めている――!


「っっっらああっ!!」

「……っと! 流石にそううまくはいかないか!」


 その剣を、強引に薙ぎ払う。

 理屈は単純で、いくら殿下がマナを呼吸で取り込んでいるといっても、それはあくまで気休め程度のもの。

 本質は、こちらの気勢を削いで剣の勢いをコントロールすることにある。

 だったら、コントロールをさせないくらいの勢いで打ち込めばいい。、

 もちろん、技術的には更に拙い剣になる。

 受け流す際に、向こうに態勢を崩される恐れもある。

 そうなったら、問答無用で詰みだ。


 それでも、相手の狙いを崩すことはできる。

 それが決定的な有効打になることはないが。

 向こうが、俺の次の一手に対応する必要を迫ることはできる。


 ここだ。

 向こうは俺の剣を見切っている。

 次の一撃は絶対に受け止められるだろう。

 そして、そこから殿下の反撃がはじまる。


 俺が勝利することのできる、最後のチャンス。

 殿下もそれを理解しているだろう。


「……っ! 来るといい!」


 そう言って、剣を構える。

 最大限の警戒でもって、俺の剣を迎え撃つつもりだ。

 最後の勝負、ここまで殿下に肉薄した、俺の切り札。

 それを、ここで切る時が来た。


 俺は、そう。

 剣を構え、反撃のためにそれを振るう殿下の前で。



 身体強化魔術の効果を、打ち切った。

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