第155話 殺意①

「――ハイム、君は如何にしてそこまでの殺意を練り上げた?」


 王太子殿下が距離を取って仕切り直された決闘。

 その最中、殿下は俺にそう問いかけてきた。

 俺は今、殺意と勝利への渇望だけで身体を動かしている。


 だから、それに応えることはその意志を揺らがせることになる。

 集中が途切れてしまうからだ。


 だが、そんな集中を司る俺の中の冷静な俺は、その問いに端的な答えを持っていた。


 ――魔術だ。


 俺には魔術の才能がある。

 魔術の才能とは、言ってしまえば勉強にどれだけ時間を割けるか。

 と言い換えてもいい。

 どれだけ魔術の資料と教材があっても、それを使って学ぶ気がなければ魔術は身につかない。


 剣の才能と、魔術の才能は違うものだ。

 才能とは言ってしまえば、己の中の感覚がどれだけ優れているかだ。

 剣であれば剣を振るう感覚が、自分の頭の中のイメージと一致すればするほど、才能があるのだと俺は考えている。

 逆に魔術は、学習の際にどれだけ感覚的に集中できるかどうかで才能が決まる。


 俺は魔術に関する書物が目の前にある時、自然と極限までそれを読み込み理解するために、意識を研ぎ澄ませることができる。

 それは、俺が自然と身につけていた技術で、これこそが才能だとも思う。

 確か、そうなるに至った最初の一歩を踏み出すためのモチベーションが、何かあったはずなのだが。

 思い出せないので、今はおいておいて。


 この意識の集中を、戦いにも応用するのだ。

 魔術を学ぶというモチベーションを、相手を倒すというモチベーションに切り替えて。

 いや、倒すという言葉は生ぬるい。


 相手を殺すというモチベーションに、切り替えた。


 その戦い方は、現代的ではない。

 戦争の少ないこの世界で、ただ殺意だけを振り回すのは殺人鬼の所業だ。

 第一、俺はそこまでしなくとも、圧倒的な魔術の実力と才能がある。

 この世界に、格上と言える人間がそうそういない程度には、俺は強かった。


 それが、しかし。

 今は違う。

 眼の前にいるのは、普通にやったら絶対に勝てない格上の相手。

 これまで相手をしてきた誰よりも強い存在。

 そして、誰よりも負けたくないと思う存在。


 こうして戦い、理解した。

 ラーゲンディア王太子殿下は王の器を持っている。

 いずれ、フィオルディア陛下の跡をつぎ、この国の国王になるだろう。

 そんな人が、今。

 本気で俺とフィーアの将来を心配して、実力を試そうとしている。


 こんなにも、光栄なことはない。


 だから負けられない。

 負けたくない。

 ここで勝って、俺は彼の心配を拭う。

 たとえそれが、別の意味で彼を心配させてしまったとしても。

 俺が、この世界の誰よりもフィーアを守るのに相応しいと、証明するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る