第154話 騎士⑥(他者視点)

 ラーゲンディアは、不意にハイムの気配が変わったのを感じた。

 なにか精神的なスイッチを、自分で押したのだろう。

 明らかに、その様子は異常である。


「……ハイム、君は何をした?」

「少し、気持ちを切り替えただけです」


 それはラーゲンディアが彼の師匠の存在を指摘した途端――ほんの少しの間があって、そうなった。

 ちらりとフィーアを見ると、彼女はハイムの様子に困惑しながら状況を見守っている。

 ……なるほど、フィーアはこの気配が何であるかをしらないのだ。

 戦場に出たことがないから、当然だ。


 もし、フィーアがその気配の正体を知っていたら、今すぐハイムを止めているだろうな。


「ハイム……一応忠告しておくが、その戦い方はあまりにも危ういぞ」

「承知しています。おそらく、殿下よりもずっと」


 そう言われてしまったら、返す余地がない。

 何より彼がその戦い方を選んだのは、ラーゲンディアとハイムの間にある実力差が原因だ。

 それは根本的に言えば、ラーゲンディアが決闘を持ちかけたことで発生している。

 ラーゲンディア自身に原因がないとは言えなかった。


「……理解った、来るといい」

「では……失礼!」


 途端、ハイムが最高速度でラーゲンディアに肉薄していた。

 速度の緩急は、相手の認識を歪めるのには最適だ。

 しかし、ラーゲンディアはこの程度の緩急で惑わされることはない。

 だから即座にハイムの剣を弾きに手を動かせばいい――の、だが。

 ラーゲンディアはそうしなかった。


「……っ!」


 一瞬目を見開いて、後方に下がる。

 ハイムの剣は空を切った。


「これほどか……!」


 その後も、ハイムの連撃をラーゲンディアは交わしていく。

 もしくは、剣を添えて軌道をずらす。

 勢いは先程までと段違いだが、剣筋事態は非常に読みやすい。

 凡人のままだ、そこに関しては。


「な、何が起きてるの……!?


 理解が追いつかないフィーア、無理もない。

 彼女には先程から、一瞬にして形成が逆転したようにしか見えないのだから。

 ラーゲンディアはその言葉に応えるため、一度ハイムから距離を取った。


 戦いが仕切り直される。

 そして、ラーゲンディアは正体を口にする。


「殺意……だよ」

「さつ、い?」

「そう、簡単なことだ。

「えっ!?」


 驚きの声を上げるフィーア。

 だが、問題はそこではない。

 何よりも恐ろしいのは、その殺意に込められた意志だ



、ね」



 たとえば、最初の一撃。

 あの時ハイムの剣は――ラーゲンディアの首を狙っていた。

 寸分たがわず、何の迷いもなく。

 今回の決闘は、剣を落とすか破壊された方が負け。

 その点から言って、首を狙う理由など何一つない。


 だが、それはいい。

 問題は、その際にラーゲンディアが反撃したとして。

 ことだろう。

 胴体をラーゲンディアが反撃で狙ったとして、ハイムはそれを受けたまま首を狙う。


「恐ろしいな――の教えは」


 そう零す。

 この戦い方は、間違いない。

 ラーゲンディアのよく知る、”あの方”が教えたものだ。

 故に、ラーゲンディアは、この戦い方をよく知っていた。

 知ったうえで、恐ろしいという感想がまず飛び出すのだ。

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