第153話 騎士⑤

 ふと、昔のことが思い出される。

 俺は一心不乱に剣を振るっていた。

 心を無にして、教わったとおりに型を体になじませるのである。

 が、正直自分でも、その成果が芳しくないことは理解していた。


『んー、だめだなぁ』

『だよなー』


 それを見ていた師匠と二人で、難しい顔で首を横に振る。

 我ながら、才能のない剣とはこういうものなのかと実感させられるようだった。


『まず、動きが硬い。教わった通りのことしかできてない。剣を振ってる最中に、ハイムはもしその一撃が防がれたらとか、考えない?』

『防がれた時に、魔術で反撃することを考えるだろうな』

『それはそれで正解だけど、剣の世界で生きていくには根本から向いてない……』


 そりゃそうだ。

 剣の才能がない人間が、どうやって剣の世界に生きていけというのだろう。

 もちろん、師匠に俺を咎める意図も、剣の世界で生きろと強制する意図もないことは理解っているのだが。

 こればかりは、無茶ぶりが過ぎるというものだった。


『とはいえ、基礎さえできていれば剣の実力は問題じゃない』

『どういう意味だ?』

『ハイム、凡人が天才に勝つにはどうすればいいと思う?』


 それは、俺が師匠に勝つためにはどうすればいいか、という問題に等しい。

 同時に、ためにはどうすればいいか、という問題でもある。

 俺は剣を学んだ魔術師だ。

 剣士としての才能はなく、魔銃師としての才能はある。


 どちらの視点も持っている、ということだ。


『そうだな……奇抜な発想、周到な準備、後は……意志の力?』

『そうだね。言い換えれば、剣で勝つんじゃない。必要がある』


 戦で、勝つ。

 総合力の話だろう。

 随分と長い間、平和が続くこの世界で、戦争を知っている人間は殆どいない。

 それでも過去に起こった戦争や、大きな魔物との集団戦は戦争のノウハウを現代に伝えている。


 俺が言った3つの要素。

 作戦、準備、そして――士気。

 何れも戦争において、お互いの実力以上に大事なものだ。


『けどね、それ以上に必要なことが、もう一つだけある』

『というと?』


 教科書の上で、大事なのはこれら三つだと俺は学んだことがある。

 正確には、教科書の内容を噛み砕いた結果、この三つが重要だと俺個人が理解したという感じなのだが。


 ともあれ、師匠は端的にこういった。



『――――だよ』



 そう口にしたときの師匠はあまりにもおっかなく。

 これが殺気というものかと、身体で理解してしまうのだが。

 何にせよ、確かにそれは事実だ。

 俺は殿下との決闘で、唯一勝利の可能性があるものを選んだ。

 それは作戦と準備の段階で、勝つための布石を打ったから。

 ならば、足りないのは残り二つ。

 士気と――殺意。


 そのことを、一瞬にも満たない刹那の回想で、俺は思い出していた。

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