第115話 夢

 ――その日、俺は夢を見た。


『うわあ!』


 俺は稽古を受けていた。

 剣の稽古だ。

 木剣を使っての稽古、残念ながらその木剣は今まさに俺の手から弾き飛ばされてしまったが。


『あはは、まだまだだねぇハイム』

『大人に剣の勝負で、子供が勝てるわけ無いだろ……』

『魔術の腕なら、傭兵団の誰にも負けないくせに?』

『俺には、魔術以外の才能はないんだって』


 ――稽古を付けてくれたのは、俺の師匠ともいうべき女性だ。

 その人は、なぜだか知らないが俺に目をかけてくれて。

 剣の稽古をつきっきりでしてくれた。


 だが、残念なことに俺には剣の才能がない。

 そもそも肉体的に恵まれてるわけでもないんだ。

 加えて、日中の大半を魔術の勉強に費やしているから、剣の腕を磨く時間もない。

 強いて言うなら、朝に少しばかりの鍛錬をするのが日課になっているくらい。

 周りの剣士とは随分と差がついてしまった。


 ……俺の魔術の話をすると、ついた差はそれ以上になるのだが。

 まぁ、今は剣の稽古中。

 そういう話は置いておこう。


『どうして師匠は、俺にここまで期待してるんだ?』

『そりゃあ、何れはこの国で大成するかもしれないからねぇ』

『それは魔術師としてだろ?』

『だとしても、大成するなら何れ必要になるよ』


 よくわからない話だ。

 俺は大の字になって、空を見上げる。


『どっちにしても、手が届かない努力に何の意味があるんだ?』

『努力すれば、手が届いちゃう人間の言葉だよ、それ』

『そうかもしれないけど、だからこそ手が届かない分野で自分を磨いても、ってなっちゃうな、俺は』

『ハイムは積極的じゃないからねぇ。魔術だって、キッカケがなければそこまで頑張ろうと思わなかっただろ』

『そうかもしれないけど……そもそも、そのキッカケってなんだったか』


 魔術に没頭したのは、性分がそれに合っていたからだが。

 そもそも、始めたことにはキッカケがあったはずだ。

 もう、遠い昔のことだったが。


『それは……自分で思い出してみるんだね。ほら、休憩したからもう一回』

『またか……そろそろ戻りたいんだけど』

『私から一本取ったら、ね』


 立ち上がって、もう一度木剣を構える。

 一本取ったら……か、ハードルは高いけど、言質は取れた。

 それなら――


『やあ!』


 俺は、剣を振るう。

 油断している師匠は、その剣を正面から受けるだろう。

 故に俺は、


『あっ、ハイム……! 君また、こっそり身体強化魔術を使ったでしょ!』

『こうすれば、魔術の練習にもなる。何度もやってるのに騙される師匠が悪いよ』

『くぅ……反論できない!』


 そんなやり取りを、昔俺は彼女とやっていた。

 そういうば――師匠が団に戻ってこなくなったのは、いつ頃のことだったかな?

 いやまぁそもそも、俺は師匠の名前も知らないんだけど。

 あの人全然名乗らないし、団にも殆どいないからなぁ。

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