第109話 バイト③

 色々と雑念が遠くから飛んでくる中、それを振り払っているといつの間にか休憩時間になっていた。

 写本を作る作業にはマナを使う。

 そうすると必然、作りすぎると周囲のマナが枯渇するのだ。

 枯渇したマナを取り込むために、一度皆で手を止めて休憩する時間が必要になる。

 だいたい、二時間に一回ってところか。

 工房は八時間稼働するのだけど、計三回休憩に入ることとなる。

 うち一回は、昼休憩を兼ねて長いのだが。

 今回は、十分程度の小休憩だ。


 俺とフィーアは学生で、三回目の休憩に入る少し前にやってくる。

 今回は、フィーアの自己紹介でマナを取り込む時間があったから、休憩事態が少し後ろにズレているな。


「これを後二時間続けるんだねぇ」

「まぁ、今日はもう少し閉めるの早いかも知れないけどな」


 俺達は、工房の裏で飲み物を飲みながら休憩していた。

 工房のおばちゃんたちが気を利かせてくれたのだ。

 まぁ、フィーアと話をしていると十分では足りないから、というのもあるだろうが。


「何にしても、うまくやっていけそうでよかったよ」

「フィーアなら何も心配はなかったと思うけどな、俺がいなくても」

「そんなことないよ」


 それは単純にフィーアが人付き合いを得意としているから、だけではない。

 この工房は、かなり人間関係が良好な職場だ。

 そういう場にフィーアみたいな善良な人間が入っていけば、問題なく馴染めるのは当然というべきか。

 という話を、噛み砕いてする。


「そっか、そういうのもあるんだ」

「働くうえで、人間関係ってのは個人的に一番重要な部分だと俺は思う」

「そうなの?」

「ああ、実体験だ」


 何せ、もし職場が学園のあのクラスだったらと考えると……ゾッとしない。


「俺の故郷は、働かざる者食うべからずって言ってな、子供でも何かしら役割を割り振られるんだ」

「へぇー」


 水くみとか、皿洗いとか。

 単純なものだけどな。

 そういう時、一緒に役割をこなす仲間同士の空気が悪いと、作業は遅々として進まない。

 一人で全部やったほうがマシなくらいだ。


「そういう意味で、ここは恵まれてるよ」

「……そっか、私って幸運だったんだね」

「だな」


 そう言って、飲み物を飲み干してから笑う。


「さ、休憩はそろそろ終わりだ」

「うん。……私は、幸運だった」


 ふと、フィーアはぽつりとそう繰り返す。

 なんだろうと、工房に戻ろうとして振り返ると――



「……一番の幸運は、ハイムくんに出会えたことだよ」



 ――少し、恥ずかしいことを言われてしまった。


「それ、工房の人に言うと大変なことになるから、気をつけてくれよ」

「あはは……わかってまーす」


 なんて言って、二人で工房に戻っていくのだった。

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