第108話 バイト②

 貴族と平民の恋愛。

 現実でも例がないわけじゃないが、多くの場合は物語の中だけの話だ。

 身分の壁というのは、それくらい大きい。

 フィーアは下級貴族で、俺は学園の特待生。

 これくらいの立場じゃないと、釣り合いは取れないのだ。


 まぁ、実際のところフィーアはこの国の王族で。

 学園の特待生という平民でも最上位の格を持ってしても、手の届く相手じゃないのだけど。

 そんなこと、普通想像すらできないよなぁ……


 それはそれとして、女性というのは色恋の話が大好きなものだ。

 しかも、それが身分違いの恋となれば、興味を抱くなというのが失礼というもの。

 仕事が始まると、早速フィーアは工房の人たちに囲まれてしまった。


「フィーアさん、手際がいいわねぇ」

「えへへ、ハイムくんに教わりました」

「まぁ!」


 なんて話が聞こえてくる。

 とはいえ、それを聞く限りでは、仕事自体に問題はないようだ。

 女性とは、話をすることでむしろ手が早くなるもの。

 フィーアがいることで、今日の仕事はより一層捗ることだろう。

 俺の気恥ずかしさを代償に。


「フィーアさん、すごくいい子ねぇ」

「あ、はい。俺には勿体ないくらいで」

「何言ってるのよ! はぁ、うちの息子もアレくらい気立てのいい子を見つけてくれないものかしら」


 なんて、俺に話しかけられたりもする。

 ここの工房の人は年齢様々だが、大半は俺くらいの子供がいる年の女性が多い。

 だからだろうか、俺を息子みたいに可愛がっている人が多数いる気がするのは。

 そんな俺が、彼女をバイト先に紹介して連れてきたんだから、まぁ盛り上がるよな。

 とは思うものの。

 なんとかナラないだろうか、この空気。

 フィーアと話をしていない人の大半が、こちらをチラチラ見ている。


 俺は、特に何もいうことはない。

 だってそうだろ? このバイトはフィーアの”挑戦”であり、俺はそれを支える側だ。

 何よりフィーアはとても人懐っこい。

 すぐに周りに溶け込めるだろうし、周りもフィーアを歓迎するだろう。


 そうなれば、俺はそれを見ながら作業をするだけでいい。

 この膨大な量の視線は、それまでの辛抱だ。

 というわけで、


「あ、主人。こっちの本、俺がやってもいいだろうか」


 たまたま通りかかった工房の主人――恰幅と人のいいおじさん主人――に声を掛ける。


「あ、ああ。……かなり数が多いけど、大丈夫か?」

「今は、写本に集中したい気分なので……!」

「な、なるほど」


 この工房で主人と俺は数少ない男同士。

 色々と、お互いに察せるものがある。

 主人に許可を取って、俺は写本に集中――


「ねぇ、そのブローチ、流行りのやつよね? 貴族の方でも流行ってるの?」

「あ、いえ、ハイムくんがこの前プレゼントしてくれて――」


 姦しくも気恥ずかしい話が、こっちまで聞こえてくる。

 ……さ、集中するぞ!

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