第107話 バイト①

 それから数日が経って、いよいよフィーアのバイト初日だ。

 お姫様がいきなりバイトなんて大丈夫だろうか、と思わなくもないが。

 その点に関してはまったく心配はしていない。

 というか、心配する要素がない。


 筆記魔術の実力は、バイト先の人と比べても遜色はない。

 人当たりの良さもあるし、何よりフィーアは平民にも分け隔てなく接することができる。

 一日もあれば職場の空気に溶け込むことが間違いない。


 問題は、むしろ溶け込むことができてしまうことのほうだ。

 具体的に言うと――俺が、問題なのである。


「フィーア・カラットです! 今日から週に一回、こちらで働かせていただきますっ! よろしくお願いします!」


 フィーアの元気がいい自己紹介に、パチパチパチと拍手が響く。

 ここは俺がお世話になっている写本工房だ。

 バイト初日ということで、まずは皆に挨拶となったわけだが。

 掴みはバッチリのようだ。


「カラットって……もしかして、貴族様?」

「あ、はい。でも格の低い下級貴族でして……カラットって、聞いたことないですよね、あはは」


 色々考えたが、結局フィーアはフィーア・カラットとして工房に通うこととなった。

 貴族でも格の低い下級貴族なら、あまりお金を持っていないことは多い。

 社会勉強を兼ねて、平民と一緒にバイトする……なんてことも珍しい話だがないわけではないのだ。


「その学生服……もしかしてハイムくんと同じ?」

「はい、パステルの学生をやってます。ここを紹介してくれたのもハイムくんで……」


 今、俺達は学生服の上にエプロンを着ている。

 エプロンは工房の制服みたいなもので、一体感を出すためだと工房の主人は言っていた。

 まぁ、筆記魔術にエプロンは必要無いしな。


「まぁ! じゃあハイムくんと一緒の日に出勤するのも?」

「はい、ハイムくんと一緒なら、こちらで働いてもいいって家の人も許可を出してくれて……」


 ……まずい、話がどんどん逸れていっている。

 この工房で働いている人の多くは女性魔術師だ。

 年齢は様々だが、要するに話に興味津々である。

 普段から、俺は彼女たちに色々とからかわれる立場であるからして。


「そ、それって……お付き合いしてるの!?」

「え、えっと……」


 ちらり、フィーアの視線がこちらを向く。

 そこまで話が進んだら、付き合ってなくとも付き合っていることにされてしまう。

 観念したほうがいいと、俺は首を横に振った。


「……は、はい。お恥ずかしながら」


 ――途端、工房に黄色い悲鳴が響き渡った。

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