第110話 バイト④(他者視点)
「――フィーアさんに少しお聞きしたいのだけど」
「はい、なんでしょう」
ハイムに関する話が、少し落ち着いて。
それ以外の話も、多少交じるようになってきた。
フィーアさん。
貴族であるフィーアは、本来様付けで呼ばなくてはならない相手だ。
だが、それではあまりにも他人行儀だから、とフィーアはそう呼んでもらおうように頼んだ。
相手の懐に入るのが巧い、フィーアならではの距離感の置き方といえる。
そして、お互いに遠慮なく話ができると理解ってくると、ハイム以外のことでも踏み込んで聞きたいことが出てくるわけだ。
「パステルの学生なら、筆記魔術って誰でも使えるものなのかしら」
ハイムの話の次に、ここの女性陣にとって興味がある話題は、学園の中のことだ。
聞くならハイムでもいいのだが、これまでハイムはあまり学園での話をしたがらなかった。
原因はグオリエにあるわけだから、今なら普通に聞いても応えてくれるのだが。
お互いに了解ができてしまっている事情で、今更踏み込むわけにも行かない。
「うーん、そうですねぇ。確か二年で習うので、私の学年だとまだ使える人はそんなにいないんじゃないかと」
「そうなのねぇ……フィーアさんは、学生としては優秀なのでしょう?」
「あはは、そうですね。ハイムくんにも褒められるし……多分、一年なら上から数えたほうが早いと思います」
なんとなく、フィーアはこの工房の人たちが学園生のことを気にするのか理解った気がする。
「一年で、一番上にいるのがハイムくん……なのよね?」
「学園の中で一番、かと。ハイムくんより凄い魔術師は、残念ながら学園にはいないと思います」
何せ、歴代でも最優とすら言われる特待生だ。
ハイムにならぶ魔術師となると、それこそ魔導王フィオルディアくらいなもので。
「何だか……勿体ないわよね。学園という素晴らしい環境に身を置いて、その程度で終わってしまうなんて」
「……そうですね」
フィーアは、ある男の顔を思い浮かべる。
が、すぐに振り払った。
その程度で終わった典型のような男だが、不快な存在をわざわざ思い浮かべるべきじゃない。
「ハイムくんは……私達の希望なのよ」
要するに――この工房で働く人達は、優秀な魔術師だ。
筆記魔術は、学園でも一年の間は教えない程度に難易度が高い。
かつては、冒険者として腕をふるっていたのか、もしくは何かしらの研究者をしていたのか。
どちらにせよ、魔導学園に通いながら、特に成果を残せない一般貴族の存在を、惜しいと思うのは当然の立場である人たちだった。
「そんなハイムくんの隣りにいる子が、貴方みたいな子でよかったわ、フィーアさん」
「はい」
「……ハイムくんを、よろしくね?」
「はいっ」
元気よくフィーアは返事を返して、作業する手を早めるのだった。
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