第105話 デート⑤

 拉麺、東の大国から伝わった異国の料理だ。

 手軽さから、庶民向けの料理として広まった。

 それと同時に、食べるとスープがこぼれたり、麺をという文化がはしたないと貴族からは蛇蝎のごとく嫌われている。

 フィーアも、食べたことはないだろう。


「は、は、ハイムくん……いいの!? 学生服で入っちゃって!」

「俺が普段から利用してる店だから問題ない。店主とも顔見知りだしな」

「そ、それと……お金もってないよ?」

「いいんだよ……俺はフィーアが拉麺の味を知ってしまう瞬間をこの目で見たいんだ」

「へ、変態……!」


 そう言われると、まぁそうだねとしか言えない言動でフィーアを店につれこんだ。

 視線を集めることはない。

 ここの常連とは顔なじみだ。

 まぁ、貴族の証である学生服の少女を連れて来ることを驚く視線はあちこちから感じられたが。


 ともあれ、俺がこの店を選んだのは、という名目でフィーアに食事を食べてもらうため。

 こういうふざけた理由じゃないと、フィーアは遠慮してしまうだろう。

 実際、俺が冗談で拉麺の味云々の話をしてから、フィーアは遠慮する様子はない。

 遠慮よりも、楽しそうだという感情が勝っているわけだ。


「ねぇねぇハイムくん、どれがおすすめ?」

「ここの味はどれも巧いんだが……とりあえずオーソドックスな醤油にしておくか」

「じゃあ私もそれでー」


 なにせ、醤油こそが拉麺の王道、基本中の基本ってやつだからな。

 なお、公言すると常連たちがわらわらと集まって、どれが一番基本の味かという空中戦がはじまるので黙っておく。

 今も鋭い視線がこっちに向いているが、俺は譲らないぞ。

 フィーアは俺の彼女だ、フィーアには醤油拉麺が王道だと刷り込まれてもらう……!


 しばらくまって、拉麺がやってくる。

 今日も美味しそうな匂いが、あたりに漂っている。


「じゃあ失礼するね、ハイムくん」

「ああ、味わってくれよな」


 フィーアは箸を使って、麺とスープを少し弄ぶ。

 どこから食べるかを考えているのだろう。

 最終的にレンゲの中に麺、スープ、具材を詰め込んだミニラーメン方式の食べ方に落ち着いたようだ。

 なかなか筋が良い。

 まぁ人生始めての拉麺を、とりあえず食べてみるとなったらこうなるのは自然なんだろうが。


 そうして、ゆっくりと口に運ぶ。

 店中が貴族の初拉麺を、固唾をのんで見守る中――


「お、おいひー!」


 フィーアは、目を輝かせて叫んだ。

 ちらりと視線を常連に向ける。

 サムズアップで返してくれた。


 店内の空気が、一つになった瞬間である。

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