第86話 決着⑤

 イチャイチャするとは…イチャイチャするとは一体……

 フィーアにそう言われてから、俺は一日中そのことについて考えていた。

 特に今日は、フィーアがあまり隣にいなかったからな。

 講義がほとんど被らなかったのである。


 ただ、必修科目が終わった後の別れ際。


「今日の昼食は資料室で食べよう。こないだ掃除したから埃っぽくもないし」


 と、言われた。

 意図は読めないが、言われた通りにするしかない。

 そうして、適当に飲み物だけ確保して資料室に向かう。

 それ以外は、フィーアが自分で用意したと胸を張っていた。


 そうして、昼休憩に俺が資料室へ向かう。


 そういえば、一人で資料室を訪れるのはあの時以来だ。

 フィーアがステラフィア王女であると知ったあの時。

 全てが始まった、あの時だ。


 扉の前でそれに気づいた俺は、一つ呼吸を置いてから扉を叩いた。


「どうぞ」


 フィーアの、少しいつもと違う凛とした声が響く。

 そこまでここで昼食を取ることは気合を入れるようなことだろうかと、首を傾げつつも戸を開き、



 そこには、ステラフィア王女がいた。



 一瞬、俺は自分がいる場所を疑った。

 ここが、資料室ではなく王城であるかのような錯覚を受けたのだ。

 それくらい、普段のフィーアとステラフィア王女は雰囲気が違う。


「……どうなさいましたか?」


 不思議そうに王女が呼びかけてくる。

 そこにいるのは、まさしくステラフィア王女。

 神の至宝とも呼ばれたこの国の誰もが知っている王女様。


 びっくりするくらい、その時俺と王女の距離は、遠く感じた。

 俺は特待生という肩書きこそあるものの、ただの平民で。

 魔術以外には何もない、自分に自信を持てなくなっていた平凡な男だ。


 釣り合いが取れてない、とか。

 俺なんかふさわしくない、とか。

 そういう考えが脳裏をよぎる。


 でも、俺は一つの区切りをつけた。

 俺が俺を情けないと思う理由はもういない。

 俺自身の手でケリをつけたのだ。

 だったら、俺は。


 前に進まなきゃ、行けないんだよな。


 だから、



「フィーア」



 だから、おれは彼女の名を呼んだ。


「…………」


 王女は……フィーアは、目を白黒させている。

 ちょっと驚いた様子で、こちらをみているのだ。

 そうなれば、たとえ美しい金の髪があっても。

 王女の気品に満ちていても、彼女はいつもの、俺が知るフィーアだ。


「待たせたか?」

「……ううん」


 笑みを浮かべれば、そこには、俺が好きになったフィーアがそこにいた。


「ハイムくんには敵わないなぁ」

「俺をそうさせてくれたのはフィーアだよ」

「えへへ、嬉しい」


 そうやって、俺たちは笑い合うのだった。

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