第75話 決闘④

 周囲の視線が、一斉にフィーアへ向いたことを俺は悟った。

 結果、俺もちらりとフィーアの方を見てしまう。

 顔を真っ赤にして、わたわたしているフィーアがそこにいた。

 やはりフィーアはかわいいな……


 ともあれ。

 視線があったら涙目でこちらを睨んできたことで、視線は俺に向けられてしまったのだが。

 クソ、余計なことをした!

 後で何と言われるか理解ったものではないぞ、これは。


「想像だが、決闘を挑んだのはあの地味な学生だろう。上級貴族であるバファルスキ家が彼女を狙っているとなると、たとえどれだけ不利でも決闘で白黒つけるしかなかったんだ」

「決闘は、貴族の格を無視して要求を通す唯一の方法だからな……」


 冷静に分析しないでくれ!

 だいたい当たってるから!

 そんな、大分恥ずかしさでどうにかなってしまいそうな思考と、空気。

 それが――


「黙れ!」


 グオリエの咆哮で、シン……と静まり返った。


「もう一度言っておく、おこぼれ」


 俺を指差し、憤怒に満ちた声音を高らかに響かせる。

 見物人たちの浮ついた空気と、”グオリエが彼女を狙っている”という発言に心底怒りを覚えているのだろう。


「貴様に、フィーアと言葉を交わす権利などない。そも、彼女の前にいる価値すらお前にはないのだ」


 静まり返った空気に、グオリエの罵声が響く。


「貴様が囀ることが無駄だ、呼吸することが無価値だ、生きることが無意味だ。存在そのものが間違っているのだ」

「……」

「――そんなお前にも、決闘という慈悲が与えられている」


 それは、あまりにも身勝手な発言だ。


「無様にも俺にすがりつき、決闘の許しを請い、惨めにも慈悲を与えられただけの貴様が、ここに立っていることは不敬である。今すぐ命乞いをし、そして負けを認めろ。そうすれば、この学園ではないどこかで、家畜のごとく生存する権利だけは認めよう」

「……お前、それは」


 ――グオリエは、俺を挑発していた。

 どこまでもふざけたその発言は、事実とは何一つ合致していない。

 そもそも決闘をのはグオリエだ。

 図書館に火を付けるという、とんでもない脅迫で。


 だが、結果として俺はその脅迫を受けて、決闘を挑んだ。

 実際のところはフィーアを愚弄するグオリエが許せなかったからだが、会話の上での事実はそうだ。


 それを、俺がやつの挑発に乗ってここで指摘したとして。

 証拠がない。

 だからグオリエはすっとぼけるだろう。

 そして、そんなでまかせを言う俺を責め、決闘でねじ伏せる。

 そうすることで俺の主張を有耶無耶にするつもりなのだ。


 なるほど、怒り心頭の様子だが、その程度の悪知恵は働くようだ。

 もちろんそれに乗るつもりはない。


「……いや、いい。さっさと決闘を始めよう」

「ふん」

「……コホン、それでは両者、準備はいいか」


 教師が問う。

 咳払いは、これまで幾度となく俺を罵倒するグオリエを見てきたが、今日は特別強烈だったが故だろう。

 俺もグオリエも、準備はできていると首肯する。


「では……はじめ!」


 かくして、決闘は始まった。

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