第70話 挑発④

 朝、グオリエはクラスに姿を見せなかった。

 俺達は日常を送っていたが、奴はそれどころではなかったということだろうか。

 ともあれ、変化があったのは昼休憩前のことだ。


「ハイム、少しいいか?」

「はい? ええ、問題なく」


 教師が声をかけてきた。

 俺達のクラスを受け持っている教師で、実習の教官でもある。

 ちょうど、フィーアと学食へ向かうところだった。

 昼休憩なんて、フィーアと昼食を取るか、一人で読書をするかくらいしかやることはない。


「グオリエと決闘をするそうじゃないか」

「ええ」

「色々と言いたいことはあるんだが、決闘の内容と日程を告知しに来た」

「……どんなのですか?」


 フィーアが、耐えきれなくなった様子で聞く。

 この場で俺達の決闘に一番興味を持っているのは、フィーアかもしれない。


「まず、決闘の日時は明日の放課後。場所はいつもハイム達のクラスが実習で使っている修練場」

「特に不思議なところはないね」

「決闘の方法は――移動禁止の魔術戦……だそうだ」

「移動禁止……」


 魔術戦、つまり魔術の打ち合いだけで戦闘を行う決闘方法。

 実践的ではないので、魔導学園の決闘だけで見られるスタイルだ。

 ただ戦闘の得意な魔術師も、そうでない魔術師もある程度対等に戦えるため、魔導学園では比較的ポピュラーな方法ではある。


 移動禁止、というのは更にそれを突き詰めたルール。

 一歩もその場から動いてはならず、動いた時点で負けとなる。

 すなわち、魔術に当たった時点でほぼ負けが確定する。


「……思ったより、シンプルなルールだね」

「そうだな。でも、グオリエはこの決闘に必勝を確信している。そう考えると、シンプルな方が厄介なんだ」

「どういうこと?」

「できることが限られるからだよ」


 ようは、俺の行動を制限しやすい。

 その場に留まって、魔術を撃つという行動しか取ることが出来ないのだ。

 だから、そこにあらかじめ細工をしてしまえば、細工をした側が圧倒的に有利だ。


「……私も、正直今回の決闘には賛同しかねる」

「まぁ、それはそうですよね、先生」


 うんうんと頷くフィーア。


「というよりも、移動禁止の魔術戦は一般的には欠陥ルールだ」

「欠陥?」

という鉄則のあるルールでな」


 行動が制限されることで、お互いの細工で勝敗が決る場合。

 どう考えても、貴族の位が高い――つまり、金持ちな貴族のほうが有利だ。

 それだけ準備に金をかけれるんだから。


「グオリエが、このルールで必勝を確信しているくらい、ハイムとグオリエの格はあまりにも違う」

「そんな……」

「はっきり言う、いくらハイムが特待生でも。このルールでは勝ち目はないぞ」


 教師ははっきりと、俺にむかって断言した。

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