第69話 挑発③

 グオリエは、それを聞くとそのまま去っていった。

 俺の言葉に思うところはあったようだが、言質を取った以上は長居無用ということだろう。

 奴は笑っていた。


 勝ちを確信していたのだ。


 ――正直、これまで見てきたグオリエという男の姿の中で。

 その笑みは、最も奴という存在を端的に表しているように思えた。


 で、それはそれとして。

 翌日。


「――結局、決闘を申し込んじゃったの?」

「ああ……すまない。フィーアがアレだけグオリエを牽制してくれたのに……すべて無駄にして」

「ハイムくん、私怒ってます」


 俺が頭を下げると、フィーアはピシッと俺を指さして言った。

 そりゃそうだ。

 勝手なことをして、怒らないはずがない。


「気づいてるなら、一言私にも相談してほしかった」

「……ああ、軽率だった」

「次からは、お互いに困ったことがあったらちゃんと相談する。パートナーとしての決まり事、だよ」

「フィーアは厳しいな……理解ってる」


 そう言って、顔を上げるとフィーアは満足そうに頷く。

 俺に対する怒りは、その満足で帳消しということ……らしい。

 だが、フィーアの視線は未だ鋭いままだ。


「それと、私が本当に怒ってるのは、そっちじゃないから」

「……それは」

「グオリエ。あいつ、ほんっとうに許せない!」


 いよいよ持って、烈火のごとくフィーアは怒っている。

 グオリエに対する怒り。

 確かに、理不尽を前にした時の正義感こそ、フィーアの本質だろう。


「……俺は、正直グオリエを見誤っていた」

「どういうこと?」

「歪んだ愛だとしても、フィーアへの愛そのものは本物だと思ってたんだ」


 かつて、俺がフィーアへの恋心を自覚したきっかけは、グオリエだった。

 奴が本気でフィーアを自分の所有物だと思っているからこそ。

 その歪んだ愛を疑わなかったからこそ、俺も自分の気持ちに気付けた。


 それに、フィーアに対する嫌がらせはしてこなかった。

 だから、フィーアへの愛だけは、偽りじゃないと思っていたのに。


「結局、奴はフィーアを否定した」

「そう……だね」

「その時、俺には奴がフィーアへの愛を、なにか別のものに対する代償行為にしているように思えたんだ」


 うまく言葉にはできないが。

 奴の中には俺やフィーアに対する屈折した感情がある。

 その原因が何かまでは知ったことではないが、フィーアを愛し俺を嫌うことが。

 本人の中にあるなにかへの思いを紛らわせるためのものに思えてならなかった。


「……とにかく、これから俺はグオリエと決闘でケリをつける。まずはそこからだ」

「うん……そうだね」


 そうして俺達は、いつもどおりの時間に学園へやってきた。

 決闘というイベントがあるとしても、日常は続いている。

 まずは眼の前の雑用を片付けることにしよう。

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