第67話 挑発①
その気配は、結局俺達が図書館から出てきてもなお、俺に視線を向けていた。
フィーアは気づいていないようだが、そりゃそうだろう。
奴の視線は俺だけをみているのだから。
まぁ、フィーアに視線が向けられたとして、彼女がそれに気付けるかはわからないけれど。
わからないなら、それに越したことはないだろう。
「じゃあ、また明日ねハイムくん」
「ああ、また明日」
フィーアは、幸せそうに帰路へつく。
実際、今日の図書館での出来事は俺にとっても充実したものだった。
確かにそりゃあ気恥ずかしいものだけど、それがフィーアと付き合っているから発生するものと考えれば。
俺は、間違いなく幸せものだ。
だから、フィーアの姿が見えなくなった後。
「出てこいよ、グオリエ」
俺は、そいつに呼びかけた。
グオリエ・バファルスキ。
目下俺が解決しなければならない、最大の課題。
そして、フィーアを巡る恋敵でもある。
「平民風情が、俺の名を気安く呼ぶな……!」
すでに、暗くなりはじめた空の下。
図書館施設の脇から、そいつはすっと顔を出した。
「人は魔術の前に平等。ここは学園付属図書館の敷地内だ。その法則は今も変わらないぞ」
「ふざけるな! その愚弄、万死に値する!」
夜も更けたこの時間、すでに図書館から出てくる人はいない。
グオリエの叫びは、誰もいない図書館の入口に響き渡った。
「フィーアをその薄汚い手で汚すだけでは飽き足らず、貴族という品位にすら唾を吐く! もはや貴様は、生きている価値すらない!」
「だったらどうするんだよ、グオリエ。俺はお前の挑発には乗らないぞ」
グオリエがここに現れたのは、言うまでもなくしびれを切らしたから。
俺が挑発の手に乗らないどころか、フィーアを味方につけて自分を挑発してくるのだから、奴は怒り心頭だ。
まぁ、あくまでやつの視点では……だが。
どちらにせよ、もはやこの状況で奴がどんな嫌がらせをしてきても、俺はそれに動じることはない。
正直、今の俺はこれまでの人生の中で、一番充実していた。
精神面でも、肉体面でも。
だからこそ、こそこそとこっちを見ているグオリエをこちらから呼び出すなんて真似をしたのだ。
フィーアが隣りにいてくれると理解っているから。
フィーアと二人で、俺の最も大切な場所へやってくることができたから。
「ならば、乗らせるまでだ。俺は貴様から生きる価値を奪う」
「……何?」
グオリエは、もはやおかしくなっていた。
明らかにその様子は普通じゃない。
ここにくるまで、どれだけ精神的な負荷を自分に与えてきたのか。
そもそも、俺達が図書館に入ってから出てくるまで、数時間ある。
その間、ここで俺達が出てくるのを待ち続けた時点で、正気じゃない。
だから、俺は奴が次に吐き出す言葉を予測しなければならなかった。
生きる価値を奪う。
その言葉の意味を。
「この図書館を、いまから燃やす」
考えなくては、ならなかったのだ。
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