第66話 彼女ですから⑥

 それからしばらく、二人で無言のまま適当に手近な本を手に取ったりしていたのだが。

 ふと、フィーアが難しい顔をしているのに気付いた。


「……フィーア?」

「むぅ……」


 フィーアは、何かを考える素振りをしながら本を読んでいる。

 本の装丁に覚えがある、ド定番の恋愛小説だったはずだ。

 確か内容は……


「……ハイムくんって、ああいうお姉さんが好みなの?」

「え?」


 ぽつりと、フィーアがそんなことを聞いてきた。

 好み、好みか……

 いや、好みといっても……


「…………あんま意識したことないな」

「えっ?」


 正直、女性の好みとか意識したことあんまりなかったな。

 幼い頃から魔術魔術で、他人を意識した事自体があまりなかった。

 一般的に、秘書さんが美人のお姉さんであることはわかる。

 だが、それを理由に彼女と仲良くなったわけではない。


 というか、


「学園の学生、だいたいみんな見た目がいいからな」


 貴族ってのは、どうにも顔がいいことが多い。

 男女問わず、あのグオリエだって引き締まった肉体も相まって相貌は整っている。

 俺のような、特徴と言える特徴のない平凡顔とは違うのだ。


「じゃ、じゃあ……私のどういうところが好き、なの?」

「どういうところって……顔のことか? 美人だよな」

「んにゃぁ――――! 素面でそれが言える!?」


 ひやぁー! とフィーアは大層驚いていた。

 正直俺にとっては、女性の美醜は正直そこまで興味のあるものではない。

 ある程度容姿が整っている女性は、みんな美人だ。

 学生になってから、どこを見渡しても見目麗しい貴族様しかいない環境で、目が慣れてしまったらしい。


「ハイムくんって……魔術以外はどうでもいい人?」

「娯楽小説も好きだぞ」


 まぁ、他に趣味と言える趣味があるかといえば、ないが。


「む、むぅー、そう言われると、ハイムくんと司書さんが仲良くしててちょっとむくーってなった私がばかみたいじゃん」

「……まさか、嫉妬したのか?」

「そりゃするよ。いや、司書さんと話ししてた時はそれどころじゃなかったけどさ」


 言いながら、パタンと本を閉じるフィーア。

 そういえば、本の内容は痴情のもつれで主人公と恋人に刺される話だったな。

 こわ……


「でも、あとになって思い返すと、ハイムくんと司書さんが仲良さそうなんだもん」

「まぁ……頻繁に顔を合わせるからな」


 主に、俺が毎日ここに来るせいで。


「しかし、そうか……嫉妬したのか……」


 もともと、俺とフィーアが話をするのは年の離れた教師が多かった。

 だから、フィーアのこういうところは、新鮮だ。


「だって、私はハイムくんの――」


 本を本棚に戻したフィーアは、ちらりと視線をこちらに向けながら。



「――彼女ですから」



 そういって、俺の手を握る。

 ……また、気恥ずかしい空間がそこに訪れる。

 だが、今度は正面からのフィーアの言葉によるものだ。

 少し、嬉しいと俺は思うのだった。

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