第55話 貴族⑤

「下級の上級化は、言葉の上では文字通りの意味だ」


 そして、制御の上では更に難解な技術だ。

 下級の制御の上に、上級の制御を並べるようなものと考えてもらえればいい。

 バランスの悪い建材の上に、ボールを乗せたその上に乗ってバランスを保つようなもの。

 ただボールの上でバランスを取るよりも圧倒的に難易度は高い。


「利点は二つ、下級魔術の効果に、上級魔術の効果が上乗せされる。結果は見ての通り」


 そして、もう一つは――


「消費するマナが、下級魔術の消費だけで済む」


 これが、魔術の面白いところ。

 やっていることは下級魔術に上級魔術を乗算するようなものなのに、消費するマナは下級魔術のものだけでいいのだ。

 なぜ? と言われても、今のところその原理を解明できたものはいない。

 だからこそ、魔術は学ぶ価値があるのだ。


「他になにか質問はあるか?」


 教官の言葉に、返事はなかった。

 ただ、沈黙だけが周囲を満たす。

 視線は、俺とグオリエの間を行ったり来たりしていた。


「では、次。フィーア・カラット」

「は、はい!」


 フィーアだけは、普段と変わらず元気に返事をして前に出る。

 俺はそれに合わせて元の場所に戻るわけだが、なにか言いたげな視線をすれ違う時に感じた。


 それから、実習は進んでいく。

 フィーアが上級攻撃魔術を成功させたものの、他の学生はまだ上級攻撃魔術を使える段階に至っていない。

 各々が魔術を失敗したり、少し成功させたり。

 結果は様々だ。


 だが、同時に彼らは上級魔術の制御の難しさが身にしみて理解できただろう。

 ――本来なら、それはグオリエの株を上げるはずだった。

 上級攻撃魔術を使えるグオリエは、間違いなくクラスで三本の指に入る優秀な魔術師なのだ。

 だが、実際にはグオリエの他に俺とフィーアも、上級攻撃魔術以上のことができてしまった。


 結果、何が起きるか。

 クラスメイトのグオリエに対する忠誠が揺らぐのだ。

 奴がクラスメイトを支配していたのは暴力によるものが大きい。

 その暴力が、クラスにおける絶対でないとわかれば、グオリエにへりくだる理由なんてないだろう。


 ただ、俺に対する視線は正直そこまで変わっていない。

 相変わらず、侮蔑の視線は隠しきれていなかった。

 そりゃ、本人たちは心の底からそう思っていると考えているのだ。

 実際はグオリエの考えに染まっているだけの、主体性の無さが理由だが。

 どちらにせよ、俺への態度を変える理由にはならないだろう。


 だが、それでも直接的に俺を罵倒したり嘲笑することはなくなるだろうな、という変化も感じた。

 次は俺に対して恐怖から恭順し始めているのだろう。

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