第49話 好きだ⑤(他者視点)

 資料室は、不思議な沈黙に満ちていた。

 ハイムもフィーアも、お互いに視線を向けたまま外さない。

 ただ、向かい合う二人の少年と少女だけがそこにいた。


 それでも、時間は動き出す。

 口を開いたのは、フィーアの方だった。


「ハイムくんは……好きなの? 私のことが」

「――ああ」


 即答だった。

 もう、口に出したのならば迷わない。

 ハイムとはそういう少年だと、フィーアだって知っていた。

 思わず、口元から零れそうになる声をなんとか抑えて、フィーアは続ける。


「私と付き合うことの意味、本気で理解ってる? ……これでも、お姫様なんだよ?」

「……ああ、そういえば、そうだった」

「え!?」


 理解ってると帰ってくるはずだった質問に、そういえばと返されてフィーアは固まってしまった。

 まてまて、自分はさっき冗談でもステラフィアに戻っていたよな?

 そう必死に思い返す。


「俺が好きになったのは、フィーアだ。だからたとえフィーアがステラフィア王女でも、俺はフィーアが好きなんだ」

「……ああ、そうだった。ハイムくんは、そういう人だった」


 思わず、その様子にフィーアは気が抜かれてしまう。

 この人は、本当に。

 自分の好きになった、ハイムという人なんだ。

 そう思った。


「でも、フィーアを好きでいるために、王女という肩書が困難としてのしかかるなら。俺はその困難と向き合うよ」

「そうだよね……ハイムくんなら、そう言うよね」


 一度決めたら、そこでためらうような人ではないとフィーアは知っていた。

 そこが好きだから、フィーアはハイムのすべてが好きなのだ。

 胸に手を当てて、その思いを心のなかで融かしていく。


「私ね、まさかこんなに早く告白されるなんて思わなかった」

「そうか?」

「そもそも、告白するなら私だ……なんて思ってたんだよ?」


 まぁ、それはそうかもしれないな、とハイムは頬を掻く。

 もともと積極的な性格ではない。

 フィーアがハイムを引っ張って、ハイムが後ろからフィーアを見守る。

 多分、二人の関係はそうあるべきなのだ。


「――って、今なんて言った?」

「え? ……あ!?!?!?」

「!?」

「ちょ、ちょっとまって、今のナシ! ナシナシ!」


 思わず真っ赤になるフィーアと、それに釣られるハイム。

 お互いの視線が、そこで一瞬外れてしまった。

 再び、夜風だけが部屋の中に響く。


「……私は、ハイムくんみたいに1つのことに集中して、ずっとそれを続けるような人間じゃないよ?」

「ああ、だから俺みたいな一つのことにしか集中できない人間に、いろんな可能性を見せてくれると思ってる」

「私は……そうやって一つのことに集中するハイムくんを、ずっと見てたいな」

「だったら、色んな場所へ俺を連れて行ってくれ。そうすれば、その数だけ俺は頑張れると思うから」


 フィーアは、多くの可能性に楽しみを見出す人間で。

 だから、一つの可能性に熱中するハイムという自分とは違う人間に惹かれた。

 ハイムは、自分には多くの可能性がないと思っている。

 だから、多くの可能性を楽しむフィーアの輝きに目を灼かれたのだ。


「――私達、お似合いだね?」

「そうかもな」


 ふふ、と一つフィーアは笑って。



「好きです、ハイムくん」



 そう、返すのだった。

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